重要な個人情報があまりに軽く扱われている…マイナカードを強行する岸田政権への反発が高まる根本原因
プレジデントオンライン / 2023年7月6日 11時15分
■岸田政権は国民の声を聞いているのか?
「来年秋の(保険証の)廃止に向けて取り組んでいきたい」と岸田首相はマイナンバーカードを巡る問題が後を絶たない中で、2023年6月12日の国会における答弁を行った。
岸田首相は民意をどう捉えているのだろうか?
民意を尊重し、本当に国民の「人の話を聞く」首相なのか、それとも自らの業績づくりにいそしんで、その当事者である国民の「人の話を聞かない」首相なのか。それが再びマイナンバーカードを巡る問題で試されている。
政府が推し進め、この答弁の2週間ほど前の6月2日に成立させた改正マイナンバー法は、保険証の廃止や、マイナンバーの活用拡大を容認する内容となっている。共同通信の5月27、28日の全国電話世論調査によると、トラブルが相次いでいるマイナンバーの活用拡大に対して、不安を感じているとする回答が7割を超えている。
■個人情報の在り方に不安を感じる国民
この国民の不安の背景には、マイナンバーに関するトラブルが相次いでいることがある。公金受取口座に家族で同じ口座を登録していた事例があったことや、マイナ保険証に他人の情報をひも付けているという誤登録のことなどもあり、国民の自らの個人情報の在り方について懸念の声が上がっていることが背景にある。
こうした問題があるにもかかわらず、現在の健康保険証の廃止を推し進める政府の姿勢に大きな違和感を国民は覚えているところがある。実に、国民の過半数が健康保険証の廃止に対して反対という調査結果もある。
こうした国民の声をよそに、岸田政権はその政策を進めている。これはどうしたことだろうか?
そもそも民主主義とは、国民の負託をうけて政府が政策を実践するというものである。国民の大多数が反対をしているにもかかわらず、政府が説明も不十分なまま、法的には任意で取得するべきマイナンバーカードを取得しない場合には、保険証の廃止に伴う不利益を被るという、実質的な制裁を科すという形でなかば「強制的」といっても良い形で、強引にその普及を図ってきている。それは国民の「話を聞く」政権の姿とは言うことはできないのではないだろうか。
以下においては、そもそも、マイナンバーカードの問題点とは何か。それを検証しよう。
■マイナンバーカードの枚挙にいとまのない課題
マイナンバーカードを巡っては、冒頭に挙げた6月12日の首相の答弁までに、以下に述べるように、すでに継続して多様な問題点が指摘されてきている。
① 頻発する問題
第一に、公金受取口座に家族名義の口座を登録していたという事例が約13万件も起こっていること、第二に、マイナ保険証に他人の情報をひも付けており、その情報の表示が可能となっている事例が公表されているだけで7312件、第三に、別人の口座を誤ってマイナカードに登録した事例が734件、第四に、マイナポイントの口座を他人にひも付けており、他人に付与した事例が173件、第五に、コンビニにおける証明書発行サービスにおいて住民票等の情報を他人に誤って交付したという事例が4つの自治体において14件、そして第六に、年金記録について別人の情報をひも付けていたという事例が1件という、膨大な数の問題が提起されていた。
■マイナ保険証の所有は「実質義務化」へ
② 制度的な問題
こうした大量の数の問題が提起されているにもかかわらず、さらなるひも付けを行い、そして保険証の廃止まで期日通りに行うという方針を示していた。そもそもマイナンバーカードの取得は任意であったはずである。
しかしながら、保険証の廃止というのは、医療機関で受診できないか、受診してもマイナンバーカードを所有していなければ10割負担となる可能性が指摘されており「実質的義務化」につながるものであるという見方もできる。
もちろん、岸田政権は、マイナンバーカードを取得していない方でも保険診療が受けられないわけではない、資格確認書を発行するので受けることができる、ということを強調するが、実際にはその資格確認書も有効期間が1年で更新が必要とされ、さらにこの確認書によって受診する患者の窓口負担は、マイナ保険証よりも高くなるという「実質的な罰則や制裁(サンクション)」が与えられることとなっている。「任意取得のマイナンバーカードを取得しないことでサンクションを与えられる」という制度設計の在り方はどうなのだろうか。
■根本原因は「現場」ではなく「制度設計」
こうしてみていくならば、このマイナンバーカードを巡る問題と混乱の原因は、「現場の対応」ではなく、あまりにも性急に、マイナンバーカードの普及を進める「岸田政権の制度設計」にあるのではないだろうか。本来であれば、非常に重要な個人情報の集約という、個々の国民一人ひとりに関わる問題の取り扱いを軽く考えているところにあるといえる。
個人情報の開示、取り扱いについては、政府は慎重であるべきである。にもかかわらず、既に政府が決定しているので、その実施に当たっては「タイムスケジュールありき」で強引に進めていき、問題が起こり多くの国民が不安や懸念を感じたとしてもその見直しを行わずに「タイムスケジュールありき」のまま、国民の不安を払拭できていない状態で、保険証の廃止へと突き進む。そうした在り方には国民の批判が集まっている。
■支持率低迷、政権の在り方を揺るがしかねない
G7広島サミットで向上した岸田内閣の支持率は、このところ陰りを見せて、減少に転じており、不支持の方が支持を上回る結果となっている。この原因は、首相公邸における写真撮影などの不適切な行為を行った岸田首相のご長男の問題や、東京28区を巡り、東京における選挙協力が白紙となってしまった、連立政権のパートナーである公明党との関係の悪化だけではない。
国民全員に関わる個人情報の取り扱いを巡るマイナンバーカードへの不安に寄り添わない岸田政権の在り方が非難を浴びている。
そして、このマイナンバーカードについての問題は、その後も連日のように報道が続いており、政権の在り方を揺るがしかねない問題となりつつある。そうした中で岸田首相は、6月21日に保険証の廃止について「国民の不安を払拭する措置の完了が大前提だ」という認識を示した。
■国民を無視し続けると、しっぺ返しが待っている
しかし、これについても、どこまで行けば国民の不安を払拭することができたかということについて、明確な基準があるわけではなく、かつて自民党が政権を失う前提となった「消えた年金問題」のようにボディブローのように政権への信頼を失わせていっている。岸田氏は「パンドラの箱を開けた」と言ってもいい。解決できない課題を抱えてしまったのではないだろうか。
さらにその混乱に拍車をかけているのが、デジタル化担当相の河野太郎氏の7月2日の2026年中のデザイン変更に合わせた「マイナンバーカードの名前の変更」を巡る発言だろう。これは「名称変更による問題隠し」ともとられる発言として国民に受け止められてしまっている。
さらに国民の側から新たな動きも出ている。「マイナンバーカードの自主返納」である。このことは、直接的に岸田政権の政権批判につながる重要な問題を提起する動きとして見過ごしてはならない。
こうしてみれば誰のための問題か、が問われているといってよい。岸田氏には国民に寄り添う政策実践が求められる。さもなければ遠くない時期において国民の信を問う場面で、岸田氏は、国民からしっぺ返しを食らう可能性があるだろう。
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法政大学大学院教授
1968年生まれ。博士(政治学)。日本学術振興会特別研究員、長崎県立大学専任講師、静岡大学助教授を経て、現在、法政大学大学院公共政策研究科教授。専攻は現代政治分析。ノルウェー王国オスロ大学政治研究所客員研究員、ドイツ連邦マンハイム大学客員教授、英国オックスフォード大学客員フェローなどを歴任。著書に『市民・選挙・政党・国家』(東海大学出版会)、『都市対地方の日本政治』(芦書房)など、編著として『政権交代選挙の政治学』『統一地方選挙の政治学』(ミネルヴァ書房)ほか。
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(法政大学大学院教授 白鳥 浩)
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