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都心を「金持ちの専有物」にさせてはならない…港区や千代田区にこそ割安な都営住宅が必要である理由

プレジデントオンライン / 2023年7月18日 14時15分

図表=筆者作成

東京23区で不動産価格の高騰が続くなか、相場より割安な都営住宅に注目が集まっている。早稲田大学の橋本健二教授は「現在の傾向が続けば、都心は富裕層しか住めない場所になってしまう。都心にこそ公営住宅を増やし、幅広い所得階層の相互理解を進めるべきだ」という――。

■港区と足立区の間には3.83倍もの所得差

ここ30年ほどの間に、東京の空間構造は激変した。ひとことでいえば、都心に近いほど富裕層、職業でいえば経営者や管理職、専門職などが多く集まり、周辺部へいけばいくほど、貧困層やそれに近い人々、職業でいえば生産現場や工事現場、流通場面などで働く労働者が多いという構造が、格段に強化されてきた。こうして都心がもっとも豊かで、周辺で行くにしたがって貧しくなるという、都心を頂点とする単峰型、つまり富士山のような空間構造が確立したのである。

【図表1】は、1975年から2020年まで5年ごとに、東京23区の1人あたり課税対象所得額の推移を示したものである。それぞれの折れ線は、東京23区全体の平均を1としたときの、各区の所得水準を示している。グラフが23本もあるので、わかりやすくするため凡例では23区を、2020年における所得額にもとづいて上から順に並べておいた。

線の色は、千代田・中央・港の都心3区と渋谷区を赤、「山の手」と呼ばれる西側の区を黄、「下町」と呼ばれる東側の区を緑としてある。2020年の場合、もっとも所得が高いのは港区で、23区平均の2.49倍である。これに対してもっとも所得が低いのは足立区で、23区平均の0.65倍。したがって港区と足立区の間には、実に3.83倍もの差があることになる。

■1975年の格差は、それほど大きくない

格差の動向をみていこう。1975年には、もっとも所得の高い千代田区が23区平均の1.64倍、所得の低い足立区は0.71倍だった。両者の比は2.29倍で、格差はそれほど大きくない。1980年はほとんど変化がないが、1985年から格差が拡大し始め、バブル経済の最盛期を迎えた1990年には、格差が大幅に拡大する。しかしバブル崩壊後の1995年にはほぼ1985年の状態に戻っている。バブルで高所得者の所得が乱高下したからである。

しかし格差は、ふたたび拡大を始める。2005年までの都心部の所得の上昇はすさまじく、格差はバブル期を上回る大きさに達し、この過程で港区が千代田区に代わってトップに躍り出る。これに対して下町では1995年以降、山の手でも世田谷区、新宿区、杉並区など多くの地域で2005年以降、所得が低下傾向を示すようになっている。

リーマンショック後の2010年には、一時的に都心の所得額が低下あるいは横ばいとなるが、周辺部の所得額も低下したから、格差は縮小しなかった。そして2015年以降、都心およびその近辺の所得が回復し、さらに上昇を示したのに対して、周辺部の所得は低下を続けている。港区は所得水準が上限にでも達したのか、やや横ばい傾向だが、悠々のトップであることに変わりはない。

■かつては都心にも労働者と自営業者が多く住んでいた

たしかに都心部は、昔から平均的な所得水準は高かった。しかし、所得の低い人々もかなり住んでいた。かつて東京は日本最大の工業都市であり、都心を取り巻くように多数の工場が立地していた。ここで働く労働者は、工場の近くに住むことが多かった。そして労働者とその家族の生活を支える、商店やサービス業などに従事する自営業者も、都心にたくさん集まっていた。千代田区や港区の内陸部の丘の上には高級住宅地があり、富裕層が住んでいた。しかし同様に、労働者と自営業者も多かったのである。

ところが高度経済成長が終わり、さらに経済のグローバル化が始まると、製造業は衰退に向かっていく。都心の工場は閉鎖され、労働者が減り、労働者を顧客としていた自営業も衰退していった。しばらくすると、工場や古い住宅地、衰退した商店街などの跡地、湾岸の埋め立て地などに集合住宅が建ち並ぶようになる。

そして90年代末になると、建築基準の規制緩和とともに、都心から湾岸部にかけて高層住宅、いわゆるタワーマンションが林立するようになった。都心は地価が高い。さらにタワーマンションの上層階には眺望や優越感といった付加価値があり、間取りにも余裕を持たせていることが多い。当然価格は高くなるし、住民の多くは富裕層、あるいはこれに準ずる人々である。

東京タワーの見える夜景
写真=iStock.com/Eakkawatna
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Eakkawatna

■大都市で進行する「ジェントリフィケーション」

こうして都心部の住民構成は、大きく変わることになった。この変化は、階級構成の変化をみるとよく分かる。経済学や社会学の用語で階級とは、経済的資源の所有状況や経済的地位の違いによって人々を分類したものであり、経営者・役員を「資本家階級」、専門職・管理職や正規の事務職を「新中間階級」、新中間階級以外の被雇用者を「労働者階級」、自営の商工業者や農民を「旧中間階級」と呼んで、4種類に分類することが多い。

そして都心の階級構成に起こった変化は、低所得の労働者階級と旧中間階級が減少し、ここに生まれた空白を豊かな資本家階級と新中間階級が埋めていくというものだった。こうした変化は、先進諸国の大都市に広くみられるもので、「ジェントリフィケーション」と呼ばれている。そして都心に流入してきた豊かな人々は、「ジェントリファイヤー」と呼ばれる。

■手頃な価格の食料品やサービスが入手困難

誤解を避けるため、急いで付け加えておかなければならないのだが、ジェントリフィケーションが進行したからといって都心から下層階級がいなくなったわけはないし、都心住民が全員、富裕層になったわけでもない。「国勢調査」の集計表から都心の階級構成をみると、2020年時点でも依然として、多数の労働者階級や旧中間階級が居住している。

港区を例にとると、資本家階級の比率は20.3%と23区最大で、新中間階級の比率も42.7%と高いが、労働者階級と旧中間階級もそれぞれ28.3%、8.7%と、それなりの比率を占めている。しかも労働者階級の半分近い12.5%は非正規労働者である。また「住宅・土地統計調査」から所得分布をみると、年収1000万円以上の世帯の比率は22.7%と意外に低く、400万円未満の方が35.8%とはるかに多い。

とはいえジェントリフィケーションの進行は、これら下層階級の人びとの生活に大きな影響を与える。下層階級向けの商売が成り立たなくなり、自営業者の廃業や流出が進行して、手頃な価格の食料品やサービスが手に入らなくなるからである。

■都心で生まれている「利害の対立」

実際、都市工学研究者の中村恵美や地理学者の岩間信之などの研究によると、港区のいくつかの地域では、食料品を扱う店が高級スーパーに偏っているため、多くの人々が遠方の非高級スーパーまで行って買い物をすることを余儀なくされており、食料品の入手が困難な「フードデザート(食料砂漠)」の様相を示しているという。流入した中上層階級のライフスタイルが市場を変化させ、下層階級が不便を強いられるのである。

このように都心では、ジェントリファイヤーたちと旧来から住んでいる下層階級の間に利害の対立が生まれている。そしてこのことは、両者の意識にも反映される。私は2022年はじめ、東京・名古屋・京阪神の三大都市圏の住民を対象として、大規模なインターネット調査を行った。有効サンプルは4万3820人だが、今回は東京23区、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市の住民を対象とした分析結果を紹介したい。

■進行が顕著なのは都心3区と文京区、江東区、品川区

これらの都市では、東京23区がもっとも著しいとはいえ、一様にジェントリフィケーションが進行しているのだが、進行の程度は地域によって異なる。東京23区を例にとると、進行が顕著なのは都心3区と、これに接する文京区、江東区、品川区などであり、顕著でないのは西側の世田谷区、杉並区、練馬区などである。

そこで進行の程度が著しい地域、具体的には1990年から2020年の30年間の資本家階級・新中間階級比率の上昇幅が15%以上だった地域を選んで、住民の意識を分析することにした。住民は、所属階級と居住歴によって4つに分類した。【図表2】は、対極に位置する2つのグループ、ジェントリファイヤー(居住歴10年未満の資本家階級・新中間階級)と、その他旧住民(居住歴10年以上の労働者階級・旧中間階級)を比較したものである。

【図表】ジェントリファイヤーと、その他旧住民比較
図表=筆者作成

■格差をめぐり政治的対立が生まれている

ジェントリフィケーションが進行した地域では、両者の意識が鋭く対立していることがわかる。ジェントリファイヤーは、格差拡大を容認する傾向が強いのに対して、その他旧住民は格差拡大を拒否する傾向が強い。他方、その他旧住民は、政府の政策は金持ちを優遇しているとみなし、金持ちへの課税を強化して福祉を充実させるべきだと考える傾向が強いが、ジェントリファイヤーはそのような考えに反対する。

格差をめぐって、両者の間に鋭い政治的対立が生まれていることがわかる。このようにジェントリフィケーションが進行する大都市中心部は政治的対立の場、あえていうならば階級闘争の場としての性格を強めている。最近になって流入してきて、格差を肯定し、弱者たちに冷酷な中上層階級と、古くから居住する下層階級の間の対立である。

■じつは庶民も住みやすい渋谷区広尾

それでは都心を、中上層階級と下層階級が共存する平和な空間へと導くことはできないのだろうか。私は、十分可能だと考える。そのモデルとなりうるのは、渋谷区広尾である。東京メトロ日比谷線の広尾駅から地上に出てみよう。西側にはかつて下総佐倉藩の屋敷のあった高台があり、聖心女子大学と高級マンションの広尾ガーデンヒルズが立地している。東側の南麻布五丁目は外国人が多く住む高級住宅地となっており、近くには高級スーパーが2つある。

ところが地下鉄の出口と聖心女子大学をつなぐ駅前商店街の広尾散歩通りは、魚家、八百屋、惣菜屋、銭湯などが並ぶ、いたって庶民的な商店街である。それというのもすぐ近くに、戸数が696戸と大規模な都営広尾五丁目アパートがあるからだ。都営住宅の存在が庶民的な商店街を存続させ、この地域全体を、庶民の住みやすい場所にしているのである。

エコノミストの増田悦佐もいうように、このアパートの存在が広尾の高級住宅地への純化を妨げ、高級住宅地と庶民的な商店街が共存する「平和な光景」を生み出したのである(増田悦佐『東京「進化」論』)。

外苑西通りと都営広尾5丁目アパート(=2011年5月25日、東京都港区)
写真=時事通信フォト
外苑西通りと都営広尾5丁目アパート(=2011年5月25日、東京都港区) - 写真=時事通信フォト

■都心の公営住宅が相互理解を促進する

ジェントリファイヤーが利便性を求めて都心に流入してくるのを押しとどめることはできない。しかしジェントリファイヤーの空間として純化してしまうと、都心はそれ以外の人々が住むことのできない場所となる。そして彼ら・彼女らを顧客とする企業は、都心を富裕な人々しか入り込めない空間へと改造してしまうだろう。そうなると都心は、格差拡大を歓迎し所得再分配に反対する、富裕な新自由主義者たちの楽園となってしまう。

そこでは豊かな人々のことしか知らない子どもたちが純粋培養され、生まれつきの新自由主義者、庶民の生活に理解のない傲慢(ごうまん)なエリートたちが再生産され続けるだろう。そのような事態は避けなければならない。都心の公営住宅は、そのための重要な手段として機能するだろう。多様な階級が混住する地域では、階級間の対立は緩和され、相互の理解が生まれる。こうして社会は、より平和なものになっていくはずである。

もっとも、現状の都営住宅に問題がないわけではない。所得制限が厳しく、低所得者向けに純化しているため、それ自体が差別や敵対の原因となりかねないからである。こうした事態を防ぐためには、都営住宅を大幅に増設した上で、一律に所得制限をかけるのではなく、家賃を所得に応じた応能負担の形で定め、幅広い所得階層が混住できるようにする必要がある。

都心を特権階級の専有物にさせてはならない。都心は、都市に住むすべての人々の共有物であるべきだ。このことを都心における住宅政策の基本におきたいものである。

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橋本 健二(はしもと・けんじ)
早稲田大学人間科学部 教授
1959年石川県生まれ。東京大学教育学部卒業、東京大学大学院博士課程修了。専門は社会学。著書に『新・日本の階級社会』(講談社現代新書)、『アンダークラス―新たな下層階級の出現』(ちくま新書)、『〈格差〉と〈階級〉の戦後史』(河出新書)、『中流崩壊』(朝日新書)、『アンダークラス2030』(毎日新聞出版)、『東京23区×格差と階級』(中公新書ラクレ)などがある。

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(早稲田大学人間科学部 教授 橋本 健二)

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