一言も喋らない母親がすっかり饒舌になった…認知症と思われた80代患者が眼科に行ったら解決したワケ
プレジデントオンライン / 2023年12月19日 11時15分
※本稿は、深作秀春『100年視力』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■目は“見えないもの”も見ている
長い期間、視力を失っていたとある患者さんが、手術によって視力を取り戻したとき、うれしそうに私にこんなことを言いました。
「深作先生、風を感じるようになりました」
室内にいても、窓から外を見たとき、木の枝や葉が風で揺れているのを見て、「風を感じる」と言うのです。風は見えませんが、落ち葉が舞えば、風が吹いているとわかる。時が進み、世界が動いていると感じられるようになった――と。
目が見えなかったときも、もちろん戸外に出て風に当たれば、風が吹いているとわかったでしょう。しかし、目が不自由だと戸外での風は怖い。緊張していて“感じる”どころではなかったのかもしれません。
とはいえ、室内にいると森羅万象の変化を感じにくく、まるで世界が止まってしまったような感覚があったそうです。たとえてみれば、「深い井戸の中で何も感じることのできない、感覚を遮断された世界」にいたのです。それは不安で、深い孤独を思わせる体験だったにちがいありません。
そう、目は、見えるものだけでなく、見えないものも見ている――それが目なのです。
意識していなくても、自分と森羅万象のつながりを感じさせ、安心させてくれています。ものを見るとは、目の前を「見ている」だけではないわけです。
■見えているからこそ、まなざしは感情を語る
多くの患者さんと接する中で、私は「本当に目の大切さを理解するのは、視力を失ってしまったときなのかもしれない」と思うようになりました。
でも、普段、人はそんなことは考えませんね。大切な目――それなのに、つい、ことさら「大事に」と思うことなく酷使してしまってはいないでしょうか。
「目は口ほどにものを言う」と言われるとおり、目は感情を語るものでもあります。しかしながら、それは見えていてこそ、です。
「エドガー・ドガ」というフランスの画家がいます。「踊り子」を題材にした作品を多く描いたと言うと、ピンとくる人がいらっしゃるかもしれません。「踊り子」のシリーズは日本でも人気が高い西洋画です。
そんなドガが描いた1枚の絵に、「目が見えていないと、まなざしは感情を語らない」ということを痛感したことがありました。
その絵とは、アメリカのワシントン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する「マダム・ルネ・ド・ガス」。ドガの弟ルネの妻であった盲目の女性、エステルの肖像画です。
眼科外科医として私は、盲目の患者さんと接することも多いので、何も見えていない人の「視線の存在感」を知っています。ドガが描いた肖像画のエステルの表情はかたく、空虚なまなざしは何も語っていません。ドガは、正確な観察と絵画技術で、目が見えない人の目の独特な存在感を正確に描写しているのです。
■100歳まで生きられても、目の寿命はせいぜい70年まで
失明と聞いても、自分には遠い問題と感じる人もいるかもしれませんが、人生100年時代となった今、人生の途中で「本来は寿命60~70年」の目が光を失う可能性は「誰にでも起こり得ること」と言えます。
日本で、身体障害者手帳の発行数から推定されている「視覚障害の原因となった眼病」はどれも身近な病気です。
近年の日本人の失明原因の1位は緑内障、2位は糖尿病性網膜症で、3位が網膜色素変性症、4位は加齢黄斑変性、5位が網膜脈絡膜萎縮という結果になっています(ただしこれは、身体障害者で失明による視覚障害者申請をされた方の統計であり、実際の失明者の数の順番とは言えません)。
そして、もっともよく知られている眼病、白内障で失明することもないわけではありませんから、身近な問題と言えるでしょう。
また、4位の加齢黄斑変性は、世界的に見れば先進国の失明原因の第1位で、アメリカでは1400万人の患者がいるとされていますから、人口比で言えば日本でも500万人ほどの患者さんがいるはずです。世界基準で見ると日本での加齢黄斑変性の診断基準は誤っていて、日本独自の基準によって正確な診断が行われにくいことが、この病気が失明原因の4位となっている原因です。
愛を込めたまなざしは、みなさんの大切な人に、ときに言葉では伝えきれない思いを語るでしょう。できることならそうした瞳の強さ、そして見るチカラを失わないで生き抜きたいものです。現代では少しの努力や工夫、病気になったときの適切な対処で、その願いをかなえることは不可能ではありません。
■認知症と思われた80代の患者が視力を取り戻すと…
近年、認知症が話題になることが増えました。長寿社会では当然、多くの人が関心をもつ話題です。
認知症の原因疾患に、最近、高価な新薬開発が注目されたアルツハイマー病があります。
アルツハイマー病によって脳萎縮が起きて、アルツハイマー型認知症を引き起こしていくのです。その細かいメカニズムは他書にゆずるとして、脳萎縮以外にも、認知症の大きな原因となること、それが視力障害です。
白内障手術患者は高齢者が多いのですが、家族から認知症だと思われている方が多くいます。
ある80代後半の女性は、診察時にまったく話さず、50代の娘さんが代弁していました。診察後、娘さんは「母は認知が入っていまして……」とそっと私に耳打ちしました。患者さんには白内障と緑内障があり、視力も0.1しかありませんでした。
その後、私が白内障手術を行って、患者さんは裸眼で1.0の視力を取り戻しました。多焦点レンズ(すべての距離の焦点に合うレンズ)を移植したので、すべての距離が裸眼でよく見えます。するとどうでしょう。寡黙だと思っていた患者さんが、次の診察時から饒舌に話すようになったのです。
■見えないことで「認知症状態」になっているだけ
患者さんが語るには「野球が好きでいつもテレビを見ていたのが、視力が悪くなって見られなくなり、毎日がつまらなくなった。また、道もよく見えないので、怖くて歩けず、外出が減り、家に閉じこもっていた」とのこと。
視力が回復してからは、好きな野球のテレビ中継を見て、昼間は外に散歩に行けて、楽しくて仕方がないと言うのです。さらに、新聞や読書も再開できたとうれしそうでした。
この患者さんは脳萎縮での認知症ではなかったのです。ただ、視力を失っていたので、生きる意欲がなくなってしまい、認知症に間違われたのでした。
手術による視力回復により、彼女は毎日が楽しくてしょうがないと、生きる意欲そのものが回復したのです。
このように、見えないことで「認知症状態」となった患者さんが非常に多くおられます。
見るということは、目から入った電気信号を脳が解釈する行為です。ですから、見るということは脳の認知機能そのものでもあるのです。
目から情報が入らないということは、外界からの、もっとも重要で、細かく、興味深い情報が遮断されることです。脳はその段階で活動を抑制されます。
■目が悪いから外出を控える→足腰が一気に衰えてしまう
ずっと家の中に閉じこもって、ひと言もしゃべらない。そのうちに普通の反応もにぶくなっていきます。家族が、親は認知症になってしまった、と思うのもやむを得ません。でも多くは目の障害から起きている変化なのです。
アルツハイマー病は「脳萎縮」による障害ですが、かなり多くの認知症は「目の機能が落ちることにより起きている」と感じています。つまり、認知症状態ですが、これは目の手術で治せるのですから、言わば「仮性認知症」とでも言うべき状況であり、目が見えるようになれば治るのです。
さらに、前述の患者さんの例でわかるように、目が悪いと、よく見えないがために外を歩くのが怖くなり、外出することがなくなってしまいます。
ご高齢の人は歩かないと急速に足腰の筋肉や関節の機能が衰えます。動かないと食欲も出ず、栄養も不足しがちになり、病気にかかりやすくなります。
それまで元気に歩き回っていた人が、車いす生活や寝たきり生活になりかねない。ご本人の生活が不自由になるのはもちろんですが、介護するご家族の負担も大きくなってしまうでしょう。
しっかりと正しい眼科知識をもつことが大切なのは、目のためばかりではない、ということです。
長寿社会における認知症予防もそうですが、生活の質を高めるには、目の機能を生涯にわたってまもることが本当に重要です。
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深作眼科院長 眼科外科医
1953年神奈川県生まれ。運輸省航空大学校を経て、国立滋賀医科大学卒業。横浜市立大学附属病院、昭和大学藤が丘病院などを経て、1988年深作眼科を開院。これまでに20万件以上の手術を経験。アメリカ白内障屈折矯正手術学会(ASCRS)にて常任理事、ASCRS最高賞を20回受賞。世界最高の眼科外科医を賞するクリチンガー・アワード受賞。『視力を失わない生き方 日本の眼科医療は間違いだらけ』『緑内障の真実』(以上、光文社新書)、『世界最高医が教える 目がよくなる32の方法』(ダイヤモンド社)、『視力を失わないために今すぐできること』(主婦の友社)など著書多数。
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(深作眼科院長 眼科外科医 深作 秀春)
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