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毎日配り切れない新聞が1000部…「体調が悪い」「転んだ」70代80代が主戦力の地方の配送現場で今起きていること

プレジデントオンライン / 2024年3月14日 7時15分

※写真はイメージです - 写真=チョコクロ/写真AC

日本の人手不足問題はこれから、「人手が足りなくて忙しい」「成長産業に労働力が移動できない」というレベルの不足ではなくなる。すでに地方の現場では働き手の高齢化は深刻な問題で、平均年齢が「60代半ば」の働き手によって担われる生活維持サービスが増えていくという――。

※本稿は、古屋星斗+リクルートワークス研究所『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■サービスの質を維持できないレベルの人手不足

私たちリクルートワークス研究所では、2040年までに日本全体でどれくらい働き手が足りなくなるのか、労働の需要と供給をシミュレーションした。

その結果、社会における労働の供給量(担い手の数)は、今後数年の踊り場を経て2027年頃から急激に減少。2022年に約6587万人であった労働供給量は、現役世代人口の急減にともなって2030年には約6337万人、2040年には5767万人へと減少していくことが見えてきた。

このように労働供給が減少していくことによって発生する労働供給制約という問題は、成長産業に労働力が移動できない、人手が足りなくて忙しいというレベルの不足ではない。結果的に、運搬職や建設職、介護、医療などの生活維持にかかわるサービスにおいて、サービスの質を維持することが難しいレベルでの労働供給制約が生じるのである。

生産年齢人口比率の低下による影響が真に深刻化するのはこれからだが、すでに一部の地方の現場を皮切りに、労働供給制約を背景としたさまざまな影響が出はじめている。

地方の労働供給制約という課題がどのような状況を生み出しているのか、“最前線”をより多くの人が知ることなしには議論は進まないと考え、本稿では日本の地方とその現場を紹介する。

■【事例①】高齢者が地域の配達を担っている

まずは物流関係の地域企業の声も紹介したい。東北地方で新聞や広報誌、選挙公報などの配送をおこなっている中小企業の社長に話を聞いた。

「新聞であれば1万数千部を配達しているのですが、だいたい毎日1000部ほど配達ができていない状況です。それをどうしているのかと言えば、配達担当以外のスタッフが手分けして配っています。

こうした慢性的に人が足りていない状況になってきたのは、コロナ直前の2019年くらいから。もう3、4年この状況が続いていて正直つらいです。1人あたりの配達量は変えていないのですが、配達スタッフも徐々に高齢になっています。最近では、朝に突然『体調が悪い』とか、冬には『転んだ』といった連絡が入ることも増え、どんどん配達員が離脱しています」

高齢者が地域の配達を担う現状──。

とくにここ数年で人手不足は悪化し、ギリギリのやり繰りが続いているという。「つらい」という言葉をD社社長がこぼしていたが、現場で起こっていることをさらに詳しく聞いた。

「現在、配達スタッフの平均年齢は60代半ば。80代前半の配達員も多く、最年長は86歳です。信じられますか? 健康で元気な高齢者が多くなっているので頼もしいですが、現役世代が働くのとは違う配慮が必要になってくるのも事実です。

近年、配送のラストワンマイルを、戸別配送しているわれわれのような地域の会社に担ってもらおうという議論がありますが、机上の空論にすぎません。現状は70代、80代のスタッフが中心で、重いものや大きい荷物を持ち運ぶのは難しいですし、5年後、10年後にどうサービスを維持できるのか想像できていませんよね。昔みたいに現役世代が配っているのではないんですから」

■配達の仕事で利益を出すのは難しい

地域の戸別配送は、70代、80代の高齢者によって担われているというのだから衝撃だ。元気なシニアが増えているのは間違いないが、転倒するリスクをはじめ現役世代の人材活用とは異なる配慮が必要となる。そう考えたときに、今のサービス水準を今後も持続的に提供できるとは限らない。

物流大手が担っている部分だけでなく、さまざまな人手を介するサービスがいつまで維持できるのかという切迫した状況が、すでに現実のものとなっていると感じさせられる。

「これは結局、高齢化の問題が顕在化している話だと思います。住んでいる人が歳をとっていく。だから配送してほしいものは増えるし、ニーズは高まるけれど、それを担う人がいない。

その現場の大変さを、テクノロジーでどこまで解消できるか。社会に実装されるまでのタイムラグもあるので、私たちの抱える現場に間に合うのかと。

でも、自分でできることから実行するしかないですから、2022年に社員の給料を13%上げました。さらに現場の配達スタッフの給与は33.3%上げました。じつは2000年以降で初の賃上げで、自分があとを継いでからも、もちろんはじめてです。

もはや配達の仕事で利益を出すのは厳しいです。でも、現場の人たちの仕事のおかげで、この会社が地域から必要とされているわけだから手厚く報いたいと決断しました。この効果で配達スタッフが退職しにくくなったような気はしますが……。

でも、新しく入ってくる人は減っているので、人繰りはどんどん厳しくなっています」

■担い手が平均年齢「60代半ば」の生活維持サービスが増える

この社長は40代で、その地域の経済界で中核を担っている若手経営者の1人である。

この話ではっきりと認識させられるのは、人手不足が「どんどん厳しくなっている」ということと、それに対して賃上げなど試行錯誤を繰り返してなんとか現状を維持しているという状況だ。

もちろん、紙の印刷物の配送自体が今後、徐々に不要になっていく可能性は高いが、それを必要とする人々が世代交代するまでの期間すら今のやり方で持続可能なのかはわからない。

さらに感じるのが、この会社の状況は地方で先行する一例に過ぎず、今後、平均年齢が「60代半ば」の働き手によって担われる生活維持サービスが、どんどん出現してくることを予告しているように感じる。

そう考えたときに、この社長の話は、私たちが今後直面する社会とその課題を的確に先取りしているのではないだろうか。

■【事例②】「このままだと車検制度が維持できない」

トラックや自家用車の整備・点検をおこなっている東海地方の自動車整備業の経営者からは、こんな声が聞こえてきた。

「率直に言って今の現場の状况を見ると、このままでは車検制度が維持できなくなるのでは、という危機感があります。

採用は本当にできません。経験者の採用はここ数年まったくできておらず、たとえば工業科の高校生なんて高嶺の花で、みんな自動車メーカーの工場などに行ってしまう。なので、私たちのような整備工場は普通科の高校生を採用してゼロから育てているんです。

大型自動車の整備は大事な仕事だと言われていますが、大型をやる人間はとくに減っています」

幹線道路などにおける自動運転が早期に実現したとしても、絶対に必要なのが整備業だ。とくに自動車の整備はトラックなどだけでなく、地方では人々の生活の足となる自家用車の整備などにおいても必須の仕事だと言える。それが現在は大型車の整備で人手が一杯いっぱいとなっており、人々の自家用車にまで手が回らなくなってきている……。

「車検制度が維持できない」という声には、構造的な人手不足が今の仕組みを変えてしまうという、不気味なほどに大きなエネルギーを感じざるをえなかった。

自動車整備
写真=iStock.com/uchar
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/uchar

■整備士がいなくて労務廃業に

「仕事はあるんです。でも断らざるをえないんです。不思議かもしれませんが、これが今現場で本当に起こっていること。

それでも断れない業務があるので、従業員に無理をさせざるをえない。そして従業員が辞めていく、もっと労働環境が悪くなる、という悪循環になっているなと思います。

県内の知り合いの会社の話ですが、とある国家資格が必要な運搬に関する専門職が突然、退職してしまって、その人しか有資格者がいなかったので困り果てているそうです。理由は、他社に引き抜かれたから。年収900万円近い破格の待遇での引き抜きで、『うちの会社ではとても払えない』と言っていました。

そんな状況で地域の整備業では、整備士がいなくて廃業している会社が本当に多いです。『労務廃業』というやつですね。だから、仕事は残っている会社にどんどん集まって増えるわけですが、全然ありがたくないんですよね」

仕事はあるが、人手がいないため断らざるをえない。そんななかで必要な人手を求めて地域の企業同士が破格の待遇で数少ない人手を奪い合っているのだ。

これはもちろん、働き手にとっては悪いことではない。しかし、その地域で必要な数を、働き手の実際の数が下回ってしまったら、生活維持サービスの質の低下を止めることはできない。残った数少ない働き手に仕事が集中しても、すべてを受けることはできないのだ。

“労務廃業”という言葉は、仕事はあるのにそれを受ける人手がおらず、継続が難しくなる地域の生活維持サービスの状況を言い表す言葉だと強く印象に残っている。

■働き手になる人がそもそもいない

さらに、地方の企業経営者からは、賃金水準の話も頻繁に出てきた。

とある地方の鉄道とバスの運行会社では、2023年の昇給率は4.4%だという。「人にお金をかけないと人手が集まらないからだが、このペースでいくと10年後に年収が1.5倍になる」と幹部社員が苦笑しながら話していた。

同様の話は各所で出ていて、たとえば「製造業の現業スタッフへの派遣単価が、ここ4、5年で20〜30%上がった」といった話や、はたまた、「人件費が安いからと、ある企業が進出してきて大規模な工場をつくったが、人が十分に確保できていないために全面稼働ができていないようだ。稼働率は5、6割と聞いている」といった話も耳にした。

後者の話について、確かに検索するとその工場の求人応募がさまざまな職種でたくさん見つかった。「急募」と書かれた求人では、その県の最低賃金を10〜40%上回る時給でパート・アルバイトが募集されていた。

なお、1カ月後に再び検索しても「急募」と書かれた求人はそのままであった。つまり、働き手になる人がそもそもいないのだ。給与が多少(といってもここ数年で2〜3割上がっているのに、である)上がっても、人手の確保が極めて難しくなっているのだ。

■上がる賃金、集まらない働き手

地元だけでは人が確保できず、ほかのエリアで担い手を確保しようとする動きも幅広い企業で広がる。

関西の大手アミューズメント施設では、2023年6、7月にはじめて九州や四国といった地域でのアルバイトスタッフの説明会を実施した。遠方となるので、転居にともなう交通費や引っ越し代、家賃補助などまで出る至れり尽くせりの条件だそうだ(日本経済新聞電子版2023年7月)。会員制量販店のコストコが全国一律で時給1500円で採用していることも知られている。

古屋星斗+リクルートワークス研究所『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)
古屋星斗+リクルートワークス研究所『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)

そうした動きを受けてか、地方都市で時給1000円以上の求人を見かけることも稀ではなくなった。地方の求人を見ていると、切迫した現場を抱えているような企業が思い切った条件を提示しているのが目につくようになっており、人手の取り合いになっていることを痛感する。

地方の中小企業から聞こえてくる「一向に解決しない人材の問題に徒労感を感じている」「悲鳴のような声があがる」「どうすればいいのかわからない」といった声……。

今はまだ、労働供給制約社会の入り口である。人材の問題は、まず企業経営において大きな問題となり、そして生活維持サービスの縮小・消滅というかたちで社会問題となっていく。

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古屋 星斗(ふるや・しょうと)
リクルートワークス研究所主任研究員
1986年岐阜県生まれ。リクルートワークス研究所主任研究員、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。2011年一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、「未来投資戦略」策定に携わる。2017年4月より現職。労働市場について分析するとともに、学生・若手社会人の就業や価値観の変化を検証し、次世代社会のキャリア形成を研究する。

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(リクルートワークス研究所主任研究員 古屋 星斗)

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