「ChatGPTで翻訳できるから英語の勉強は必要ない」残念な勘違いをする人が根本的に理解していない2つのこと
プレジデントオンライン / 2024年4月29日 8時15分
※本稿は、野口悠紀雄『ChatGPT「超」勉強法』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■ChatGPTによる翻訳と要約の組み合わせは非常に便利
テキストファイルになっている文献であれば、Google翻訳などの自動翻訳にかけて、外国語の文献を日本語に直したり、日本語の文献を外国語に直したりすることが容易にできる。少なくとも主要言語間の翻訳については、ほぼ実用レベルになっている。
検索で表示される外国語(とくに英語)の文献は、翻訳サービスを経由せずに、直接に日本語訳を見られるようになっているものが多い。
ChatGPTは、こうしたことに加えて要約もできるので、翻訳と組み合わせれば、外国語の文献を読むのが著しく容易になる。これまでは、重要な文献であっても、外国語であるというだけの理由で敬遠する人が多かった。ChatGPTはこうした状況を大きく変えるだろう。
私は2023年9月にnoteにおいて、ChatGPTの利用方法を尋ねるアンケートを行なったのだが、「外国文献の翻訳と要約」という用途が最も多かった(*)。
*生成系AIに関するアンケート調査結果:第一次集計。
■ChatGPT時代に外国語の勉強は必要か?
ついこの間まで、外国語を勉強する必要性は自明のことだった。なぜ必要かを、わざわざ説明する必要はなかった。ところが、自動翻訳が発達して事態が変化した。外国語を使えることが本当に必要なのかどうかについて、疑問が生じたのだ。
そして、ChatGPTによって翻訳が著しく簡単になったので、「人間が外国語を理解しなくてもよいのではないか?」という疑問は、現実的なものとなった。
ChatGPTがきわめて精度の高い翻訳や即時通訳のサービスを提供してくれるのであれば、それを利用すればよいのであって、苦労して外国語を勉強する必要はなくなったように思える。
しかし、私は、外国語を勉強する必要性はなくなっていないと考える。その理由は、2つある。第1は、自動翻訳を介するより、人間同士の直接のコミュニケーションが望ましいからだ。
直接のコミュニケーションの必要性は、いくらAIが進歩してもなくならない。第2は、文化的多様性の維持のためだ。
これらについて、以下に述べるとしよう。
■入学試験のために必要
まず学生の立場から見ると、入学試験で英語(または他の外国語)の試験を課される状況が変わらない限りは、勉強する必要がある。
社会に出てからの必要性から見ても、英語が必要である状況は変わらないだろう。なぜなら、日本人が日本語を使い続け、アメリカ人が英語を使い続けるという状況は変わらないからだ。
これらの間の翻訳がChatGPTによってこれまでより容易になったのは事実だが、しかし、すべてをChatGPTに任せることはできない。
第1に考えられるのは、日本人が外国で仕事をしたり、勉強したりする場合だ。滞在期間が数カ月以上になる場合には、日本語だけでは不十分だ。
ただし、どんな国においても、その国の言葉が必要であるわけではない。状況によって差はあるだろうが、英語で用が足りる場合がかなり多いと考えられる。
■質の高い人間同士のコミュニケーションのために必要
すべてをChatGPTに任せられるかどうかを考えるため、外国人との間の、人間同士での会話と、ChatGPTの自動翻訳を介した会話と、どちらがよいのかを比較してみよう。
対面での会話は、通訳を介するのではなく、人間同士がどちらかの言語で行なうほうが円滑にできる。会食などの場合に自動翻訳を通じて話すのでは、味気ないと感じる人が多いだろう。
微妙な感情を伝えることができない場合が多いからだ。例えば、ChatGPTが言葉遊び的なジョークを適切に翻訳してくれるかどうかは疑問だ。
ここから分かるように、ChatGPTを介するコミュニケーションは、人間同士の直接のコミュニケーションに比べて質が低い。だから、ChatGPTに依存する人が増えれば、直接に英語でコミュニケーションできる人の相対的な価値が上がる。
■「適切か否か」を人間が判断するために必要
では、仕事上の事務的なやりとりではどうだろうか?
外国語能力が不完全な人間同士の会話では、間違いが生じることは十分にありうる。
それよりも、ChatGPTによる正確な翻訳のほうが望ましいということはあるだろう。
しかし、文章をChatGPTに翻訳させても、その文章が本当に適切なものかどうかの最終的な判断は、人間が行なう必要がある。不適切なら、それを人間が修正する必要がある。
こうしたことを行なうためには、人間が外国語を使える能力を持っていなければならない。
■ChatGPTはコミュニケーションの「量」を増やす
ChatGPTが使えるようになったことは、人間同士の直接のコミュニケーションの必要性の低下を意味するように思えるかもしれない。しかし、そうではない。
ChatGPTを使う意味は、コミュニケーションの「量」を増やすことにある。ChatGPTによって、コミュニケーションが容易になるからである。
しかしそれは、すべてのコミュニケーションがChatGPTを介して行なわれることを意味するのではない。なぜなら、右に述べたように、人間同士の直接のコミュニケーションの必要性がなくなるわけではないからだ。
以上で述べたことは、英語に限らず、あらゆる言語についていえる。とくに中国語についていえるだろう。
■外国語を勉強するのは「世界を広げるため」
ChatGPTは、外国語の教師や通訳・翻訳者の役割を減少させる。そして、その人たちの職を奪う。しかし、その他の人々が直接に外国語を使えるようになることの重要性を減少させるわけではないのだ。
以上をまとめると、つぎのとおりだ。
ChatGPTが外国語を勉強する必要性を減少させることは否定できない。しかし、「ChatGPTが翻訳してくれるから外国語を勉強する必要がない」と考えるのではなく、「ChatGPTがあるから、それを使って外国語を勉強しよう」と、人々が考えるようになることを望みたい。
外国語を勉強することは、世界を広げることだ。それは、自動翻訳がいかに発達しても変わらない。ChatGPTの登場によって、われわれは世界を広げることが容易になった。その可能性をぜひ実現しよう。
■外国を理解し、日本が世界から理解されることの重要性
言葉は、芸術や文化と密接に結びついている。
日本の芸術や文化も素晴らしいが、外国の芸術や文化も素晴らしい。外国人に日本の芸術や文化を理解してもらい、日本人が外国の芸術や文化を理解し楽しむためには、翻訳や通訳に任せきりにするのではなく、自ら外国語を使えることが必要だ。
そうした観点からの外国語の必要性を、われわれはもっと認識すべきだ。
文学作品など言葉のニュアンスが重要であるものについて、自動翻訳では、真の価値は理解できない。ことに詩の場合には、翻訳すれば、ほとんど価値がなくなってしまう。
外国の文学作品は、作者の国の言葉でないと、その真の価値を理解できない場合が多い。シェイクスピアの戯曲は英語でなければ、ゲーテの詩はドイツ語でなければ理解できない。イタリア語のオペラを少しでも分かると、とても楽しい。
外国の映画についてもそうだ。字幕では理解できないところが多い。とくにジョークについては、まず伝わらないと考えるべきだろう。
外国語の勉強を放棄することは、以上のような理解を捨てることだ。
日本人が外国の文化に接することが、自動翻訳を通じて間接的にのみなされるようになれば、日本人の外国に対する親しみや理解が低下するだろう。また、日本人が日本列島の中に閉じこもってしまえば、日本が世界から理解されなくなってしまうだろう。
■ChatGPTは多数の異なる言語世界をつなぐ
日本人の論文が日本語だけで発表されれば、世界に認められるのは難しい。少なくとも英語で発表される必要がある。その場合に、自動翻訳では不十分なことがあるだろう。
日本のプレゼンスを世界に示すためには、論文の著者が、少なくとも英語でコミュニケーションを行なえることが必要だ。この必要性は、自動翻訳がいくら進歩しても残るだろう。
ところが、日本国内では、ChatGPTなどの自動翻訳によって外国語を理解できるようになるので、日本人が英語を勉強しなくなり、その結果、世界で日本のプレゼンスが低下するおそれがある。この問題はこれまでも存在したが、それがさらに大きくなる危険がある。
これは深刻な問題であると考えざるをえない。
かといって、日本語をなくして、日本人が英語を使うようになればよいというわけではない。日本語が消滅すれば、日本文化も消滅してしまう。
言語の多様性は文化の多様性のために重要な意味を持っており、そして文化の多様性は、進歩のために不可欠だ。すべてが同一化してしまえば、進歩はできない。
ChatGPTは、多数の異なる言語間をつなぐことによって、様々な言葉の存続を可能にする。ただ、その世界で生き残るためには、独自の文化を持っていることが必要だ。
■外国語の勉強そのものに意味がある
私は、日本人がChatGPTを利用して英語などの外国語の勉強を進め、それによって世界に出し、そして海外の人々や文化を受け入れる社会が実現することを望みたい。
それは、英語教育だけの問題ではない。
フランス語やドイツ語を日本人の誰も理解できないという社会は、わびしい社会だとしか思えない。勉強することが容易になるのだから、人々が外国語の勉強を続けるような社会を望みたい。
さらに、勉強そのものに意味がある。勉強は、何らかの手段として必要というだけでなく、勉強すること自体が楽しく、意味があることだ。
外国語の勉強についてもそうだ。ChatGPTによって、人間が外国語を理解し、使えることの必要性が低下したとしても、なおかつ外国語を勉強することが望ましいと思う。
この考えには、多くの人が賛同するだろう。
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一橋大学名誉教授
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院教授などを経て一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書に『「超」整理法』『「超」文章法』(ともに中公新書)、『財政危機の構造』(東洋経済新報社)、『バブルの経済学』(日本経済新聞社)、『日本が先進国から脱落する日』(プレジデント社)など多数。近著に『生成AI革命』(日経BP 日本経済新聞出版)、『ChatGPT「超」勉強法』(プレジデント社)、『日本の税は不公平』(PHP新書)、『83歳、いま何より勉強が楽しい』(サンマーク出版)などがある。
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(一橋大学名誉教授 野口 悠紀雄)
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