360度評価は「誰かの給料を下げるため」にある…同僚どうしで"低評価合戦"を繰り広げるだけという残念な事実
プレジデントオンライン / 2024年4月30日 7時15分
■人事制度は時代が決めるといえる理由
1990年代のいわゆるバブル崩壊までは(もうバブルを体験した世代は少なくなったが)、日本は人口ボーナスによって経済規模も拡大していたため、拡大するパイをどう分配するかが人事制度の役割だった。これは企業に限らず国全体でも同様で、新たに生まれた財政余力をどう分配するかが政治の役割だった。
それがバブル崩壊以降は、そもそもの企業収益や税収が減少するという根本的な状況変化によって、分配をどうやって維持するか、分配を維持するためにどこを削るかが最大の課題になった。
バブル崩壊前は、退職者の給与は新入社員の数倍と高く、退職者数より新入社員数が多くても人件費の総額は抑えられていた。さらに拡大する収益をベースアップに使うことができた。
それが、バブル崩壊以降は完全に逆転し、新規の採用を抑えても、年功序列の給与体系によって人件費総額が増える一方で、企業収益は減少する、という状況になった。
多くの会社の人事部がバブル崩壊以降に一斉に、「従業員の能力向上や育成、適正な評価」を謳(うた)って人事制度改革に走ったのは、背に腹は代えられない(分配を維持できない)、という事情があったのだ。
そして、分配が維持できないのであれば、誰かへの分配を減らさなければならない。給料を下げるためには、そのための理由が必要だ。その理由付けができるように、絶対評価ではなく相対評価を行う必要があり、相対評価のために目標管理制度が導入された。それが人事制度改革の真の目的であり、だからこそ人事制度は時代が決める、と言えるのだ。
■名目賃金の上昇はバブル崩壊並みのインパクトがある
日本では最近は長く続いたデフレがやっと終わりを迎え、世界的なインフレ傾向にやっと追いついてきた。
とはいっても、物価上昇率や社会保障費負担の増加などを考慮すれば、実質賃金はマイナスであることも多いが、とにかく名目賃金が上昇し始めたことは、人事制度を考える上では、バブル崩壊時と同じくらいの大きなインパクトがある。
なにしろインフレは、名目の人件費総額が増えることを意味するため、これまでのように誰かの給料を下げなくても、(たとえ名目上の金額とはいえ)分配を増やすことができる。
■誰かの給料を上げるために、誰かの給料を下げなくていい
いままでは誰かの給料(評価)を上げるために、誰かの給料(評価)を下げる必要があったが、これからは、誰かの給料(評価)を上げるためには、誰かの給料(評価)を上げないだけで済む。
査定する上司の気持ちを考えてもらえば、この変化がものすごく大きいことは、誰にでもわかるだろう。「あなたの給料を下げます」と伝えずに済み、「あなたの給料は上がりません」と伝える(もしくはなにも伝えない)だけだと考えれば、どんなに気分はラクだろう。
いわばバブル崩壊以降の人事制度は、「マイナス評価」が目的であり、これからは再び「プラス評価」が目的の人事制度になるだろう、ということである。
そして、インフレ傾向がある程度長く続くことが共通の認識になれば、企業はまた一斉に人事制度を変更するだろう。今度は、「従業員の皆さんの貢献に報いるため」とか「人材採用に力を入れるため」とかわりと本当に前向きな理由がつけられるはずだ。
■「360度評価」は意外と当てにならない
少し話は飛ぶが、バブル崩壊以降の人事制度では、いわゆる360度評価と呼ばれる上司・同僚・部下(場合によっては顧客など)からの評価を人材育成の手法として導入したケースも多い。
ただし、360度評価はあくまで人材育成のための手法であり、「公式には」人事評価には使わない、という建前だったことが多い。
とはいえ、360度評価の結果は人事部が把握しているわけで、その結果が人事に全く影響しなかった、ということはないだろう。人事部としても、特に将来の幹部候補については、昔から上司や同僚からの評価の情報を収集していたし、制度として360度評価を導入しなくても、自分がどう思われているか、ある人が周りからどう思われているかは、なんとなくわかっていたはずだ。
では、なぜ360度評価が導入されたのだろうか。それは、「誰かの給料を上げるために、誰かの給料を下げる」ためだ。
誰かの給料を下げるためには相対的なマイナス評価をつける必要があるが、上司はその責任を負いたくない。360度評価を導入すれば、同僚や部下もこう評価していますよ、と説明することができ、上司の責任を和らげることができる。
しかし、360度評価は意外と当てにならない。筆者が新卒で入ったリクルートでは、こうした360度評価が1970年代から導入されており、時代によってその仕組みは異なるが、筆者自身の360度評価の結果は安定しなかった。
■同僚からの評価は低く、部下からの評価は安定
同じ仕事をして同じような成果だと思っていても、同僚からの評価は上司・部下からの評価よりも常に低く(これは当たり前だ。同僚はライバルなのだから、基本的には自分より低く評価したいというバイアスが働く)、上司からの評価はばらつくが(ある程度職級が上がっていくと、上司との関係はより好き嫌いによって決まっていく。大企業の会長・社長が、課長時代から上司・部下の関係ということがあるのもそのためだ)、部下からの評価はわりと安定している(これも当たり前で、自分を評価する上司から嫌われたくないから、辛い評価をつけるわけがない)。
それでも、誰から見てもあの人はスゴイ、という人は360度評価でちゃんと高い評価が得られるし、誰から見てもあの人はちょっとね、という人は360度評価で高い評価になることはない。
だとすれば、360度評価にはあまり意味がないことになる。要はそんなことをしなくても、みんなわかっているからだ。
ただし、360度評価とは少し違うが、経営層に対しては、お友達ではないちゃんとした人たちからの外部評価は必要だろう。本来はそれが社外取締役の役割だが、できればせめて幹部候補生については、外部のメンターをつけるといったことも必要だろう。近年の企業の不祥事を見ていると、その企業では問題だとされていなかったことが、実は社会的には不適切だった、ということも多いからでもある。
■嫌がられる人事評価は本当に必要なのか
あなたは人から「スゴイね」と言われたいか、と問われれば、多くの人はYESと答えるだろうが、あなたは人事評価されたいか、という質問に対してすぐにYESと答える人は少ないだろう。
有名なマズロー欲求5段階説(生理的欲求・安全欲求・社会的欲求/愛の欲求・承認欲求・自己実現欲求)にあるように、だれでも人に認められたいという気持ちはあるはずだが、それはあくまで褒められたい、という気持ちであって、あなたはダメだという評価を含めて評価されたい、というワケではない。
簡単に言えば、人事評価されたい人は、おそらく少数派だろう、ということであり、人の嫌がる人事評価は本当に必要なのか、ということだ。
人事評価の目的が、分配(給料)の決定であれば、全員を相対評価する必要は無い。できるだけ多くのできている人を見つけ出し、ごく少数の一緒には働けないと思われる人を慎重に考えるだけでよく、つまり全員を厳密に相対評価しその結果を伝える必要はない。
分配の仕組みとしては、月給は変えないにしても、賞与をこうした評価によって分配することで人件費総額のコントロールは十分可能だろう。
■「嫌な気持ちにならないこと」を最優先にすべきである
人事評価の目的がモチベーションや人材育成にあるのであれば、例えば、標準の評価をAとして、よりできる人にはSといった評価表現することもあり得る。昔のリクルートでは、標準評価が5またはAで、「標準です」と言われてもあまり違和感が無かったが、企業によっては標準評価がCと表現されることもあるようだ。標準でAと言われるのとCと言われるのではだいぶ受け取り方が違い、モチベーションに影響を与えることもある。
また、昔のリクルートでは標準評価が5だったが、誰かに6をつけると同じだけ4をつける、つまり厳密に平均を5にする必要はなかった。部署によって多少異なるが、平均は5.2とか5.5であることも多く、つまり「あなたは標準の5です」といわれても、実質的には平均以下の評価となっていることもあった。これは合理的な制度とは言えないかもしれないが、人の気持ちをよく考えたルールだったと今でも思う。
人事評価には、分配や昇任・昇格、人材育成などさまざまな目的があるが、一番大事にすべきなのは、評価する上司、評価される部下、という一人一人の人間が、嫌な気持ちにならないことだろう。
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麗澤大学工学部教授
博士(社会工学・筑波大学)・ITストラテジスト。1965年北九州市生まれ。九州工業大学機械工学科卒業後、リクルート入社。通信事業のエンジニア・マネジャ、ISIZE住宅情報・FoRent.jp編集長等を経て、リクルートフォレントインシュアを設立し代表取締役社長に就任。リクルート住まい研究所長、大東建託賃貸未来研究所長・AI-DXラボ所長を経て、23年4月より麗澤大学教授、AI・ビジネス研究センター長。専門分野は都市計画・組織マネジメント・システム開発。
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(麗澤大学工学部教授 宗 健)
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