米朝師匠の噺に魅せられ落研入部 人生を決めた「1枚のチラシ」 話の肖像画 落語家・桂文枝<8>
産経ニュース / 2024年5月8日 10時0分
《高校の演劇部で出会った「岩佐くん」とのコンビで、ラジオの素人出演番組『漫才教室』(大阪・朝日放送)にたびたび出演することに》
(『漫才教室』では)僕らの同期くらいに(後の漫才コンビ)「若井ぼん・はやと」がいて、ちょっと前には(後の桂枝雀(しじゃく)が本名で弟と組んだ)「前田兄弟」や横山やすしさんが活躍していました。賞金がまた魅力でねぇ。当時の高校生として結構なおカネをかせいでいましたから、応援に来てくれた友達とご飯を食べに行ったり。
《高校の卒業が迫っていた。結局、就職が決まらないまま「浪人」生活に。郵便局でアルバイトをしながら予備校に通い、1年後の昭和38年4月、関西大学商学部に入学した。間もなく偶然手にした「1枚のチラシ」が人生を決める》
大学で開かれる落語家、桂米朝(べいちょう)師匠(※1925~2015年、上方落語界唯一の人間国宝)が出る落語会(上方落語を聴く特別講座)でした。
文学部の先生が企画したらしい。(米朝師の)ネタは『七度狐(しちどぎつね)』だったと思う。それまで落語を聴いたことはあったけど、辛気臭いし、面白いと思ったことはなかったのに、米朝師匠の噺(はなし)はまったく違っていましたね。目の前にぱーっと麦畑が広がって、2人の旅人が狐にだまされる光景が浮かんだんです。僕がこれまでやってきた演劇や絵画などとぴったりの1人芝居やないか。「僕が目指しているのは、これやったんや」と感動しましたなぁ。
《米朝を呼んだ関大文学部の教授が大学に「落研(おちけん)」(関大での名称は『落語大学』)をつくると聞いて早速入部した》
すでに林省之介(しょうのすけ)くん(※後に自民党衆院議員)という学生がおりまして。彼らは「落語」をやりたいのではなくて「研究」をしたい、という。当時の大学の落研はその2派に分かれていたんです。
「落語」がやりたい僕は、彼らの前で一席演じてみました。ネタは『犬の目』やったかな。今から考えるとレベルの低い、恥ずかしいもんやったと思いますけど、それまで漫才や演劇をやってきた下地があったから、林くんらは「めちゃくちゃおもろい。キミうまいやないか」って(苦笑)。そこで、林くんが初代の学長(部長)。僕が実技学部長になった。
落研では、先生のツテで、桂文紅(ぶんこう)師匠(※1932~2005年、上方落語界初の大学卒=立命館大学)に落語の基本を教えに来てもらったり、僕は若手の噺家の落語会に足を運ぶようになったり。
《高座名は、自分で考えた『浪漫亭(ろまんてい)ちっく』(※ロマンチックのもじり)。林氏の後の2代目学長となり、落語だけでなく、軽音楽部のステージの司会でも活躍し、その名は学外でも知られるように。そして4年のとき、東京の大学の落研と交流会をすることになって…》
学園祭で早稲田や青学、中央大など東京の大学と「東西落語会」をやろうということになって僕は交渉のため、部費から新幹線代をもらって上京したのです。そのとき会った早稲田の学生が「圓生(えんしょう)師匠(※三遊亭、1900~79年)に入門してプロになりたいと思う。一度きりの人生だから好きなことをやらないと後悔するだろ。河村くん(文枝)はどうするの?」って。
一方の僕は「母一人、子一人やし、就職して、落語は趣味でやっていくわ」と答えたのですが、内心は彼の決意に大きな刺激を受けていました。現実には彼は観光会社に就職し、僕が落語家になったのだから、人生は分かりませんなぁ(苦笑)。(聞き手 喜多由浩)
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