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死出の道に向かった女と、新たな旅路へ向かう女 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・夕顔⑩

東洋経済オンライン / 2024年4月7日 16時0分

泣く泣くも今日(けふ)はわが結(ゆ)ふ下紐(したひも)をいづれの世にかとけて見るべき
(涙ながらに今日は私がひとりで結ぶ袴の下紐を、いつの世にかまた逢って、心から打ち解けていっしょにほどくことができるだろう)

と書いた。

四十九日までたましいはさまようと言うが、来世は六道(りくどう)のどの道に生まれ変わるのだろうと光君は考えながら、心をこめて念仏をとなえ続けている。

消息不明のまま日が過ぎていく

頭中将(とうのちゅうじょう)を見かけるにつけ、女の遺(のこ)した幼子のことを知らせてやりたくて気持ちがざわつくのだが、どんなふうに非難されるかと思うと怖(お)じ気(け)づいて口に出せない。かつての女の仮の宿では、女君がどこへ行ってしまったのかと家の者たちが心配しているけれど、さがすこともできないでいる。右近までも女君といっしょにいなくなってしまったので、おかしなことだとみな嘆き合っている。確かな証拠はないが、通ってきていた男性の様子からして、源氏の君ではないかとかねてからみな噂していた。ならばこれには惟光が絡んでいるはずだと責めてみるが、惟光は相手にせず、自分は無関係だと言い募り、相変わらず別の女房に入れあげている。なんだかみな夢を見ているようで、ひょっとしたらこっそり通っていたどこかの受領(ずりょう)の息子などが、頭中将におそれをなして、あの朝、女君を連れて田舎に下っていったのではないかと想像したりするのだった。この宿の主(あるじ)は、西の京の乳母(めのと)の娘だった。その乳母の娘は三人いたが、右近は血のつながりがないから姫君のことを隠して教えてくれないのだろうと、泣いて恋しがっていた。右近は右近で、口々に非難されるのはつらいし、光君も世間に知られないよう秘密にしているので、姫君の幼い娘の噂さえ聞けずに、すっかり消息不明のまま日が過ぎていく。

光君は、せめて夢であの女に逢いたいと思っていたが、四十九日の法事の明くる夜、夢を見た。あのいつぞやの家そのままのところに、ぼんやりと女があらわれ、その枕元にあの時と同じように別の女が座っている。人の気配もなく荒廃したところに棲み着いた物の怪が、自分のうつくしさに魅せられた、そのせいであんなことが起きたのだと思い、光君はぞっとした。

伊予介(いよのすけ)は、十月のはじめ頃任地に下ることになった。妻と、仕えている女房たちとともに下っていくとのことで、光君は多すぎるほどの餞別(せんべつ)の品を渡した。また内々に、精緻な細工を施したうつくしい櫛(くし)や扇を用意し、道中の道祖神に捧(ささ)げる幣(ぬさ)も仰々しく揃え、それら贈り物の中にあの小袿(こうちき)をそっと紛れこませて女に贈った。

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