「自民完勝」日本政治史初の年金が争点の選挙 年金を巡る攻防の全記録『ルポ年金官僚』より#2
東洋経済オンライン / 2024年4月16日 10時0分
やがて紙が配られた。そこには尋常小学校唱歌『二宮金次郎』の替え歌が書かれてあった。
「て~ほ~ん~は、こ~や~まし~んじ~ろう」
一同が声を合わせる。苦労が想い起こされ、涙を流す者もいた。ほんのりと赤い顔が見えるのは、冷酒が振る舞われたからだけではないようである。
歌声の先で、煙草を燻らせる、丸眼鏡でほっそりした小山の顔がほころんだ。事務局設置からわずか1年で法案成立という神業は、小山の舞台回し、そして職員を一丸にするリーダーシップがあってこそと、事務局の誰もが感じ、替え歌までつくられたのだ。
翌10日の新聞各紙は、皇太子(現上皇)と正田美智子さん(現上皇后)の写真がトップニュースを飾った。その日、二人の結婚の儀やパレードが行われるためだ。
国民皆年金のスタートが、そんなめでたい日と重なったのは、年金制度の前途洋々の未来を予見しているかのようである。
しかし、そうはならなかった。
早産児
国民年金法成立を受け、1959年5月1日、厚生省に年金局が発足した。定員は50人に膨れ上がった。初代年金局長は、もちろん小山進次郎。44歳であった。
なぜゼロから立ち上げた難事業が、スピード成立できたのか。
2020年7月、私は事務局の最若手官僚だった吉原健二に、八丁堀のビルの一室で会った。この時88歳ながら、日本医療経営実践協会代表理事を務めていた。吉原はこう振り返る。
「当時は年金というものがあまり知られていなかったことや、法律が難しくてどこをどう修正してほしいかわからなかったのかもしれません」
一方、小山は『国民年金法の解説』で、こう称えている。
「国民の強い要望が政治の断固たる決意を促し、われわれ行政官のこざかしい思慮や分別を乗り越えて生まれた制度」
小山は運営上、きわめて難しいことをわかっていた。外国の年金は自営業者や無職の人を対象にしていない。だが「皆年金」を目指すため、定額拠出、定額給付とし、所得が低い人やない人は保険料納付の免除制度を設けた。
例えば『朝日新聞』1959年4月10日付の1面は、法案成立を報じた記事の中で「(自民党の)公約よりかなり後退することとなったが同法の施行に伴い一応わが国社会保障制度の骨組みが出来上ることとなる」と、手放しで褒めてはいない。ページをめくると「国民年金制の問題点」という特集記事まで組まれている。いくつか問題点をあげ、拠出制の給付について「40年保険料を納めてようやく月3500円の年金受給資格を得るというような世界で最も長期の年金制であるため、その間にインフレでも起きればせっかくの掛金が無価値になるという心配がある」と指摘した。
そんな「分別」を、与野党一丸となった政治主導で乗り越えてしまったがゆえに、国会で細かな所を議論しようもなかったということだろう。
小山はしばしば国民年金を「早産児」に例えた。岸政権の公約実現のため、突貫工事で成立させるには、小さく産んで、後で大きく育てるしかないのだった。
だから年金は、野党、研究者、メディアから攻めるに容易い制度としてスタートしてしまうのである。
(第3回につづく)
和田 泰明
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