「加賀屋」50歳の元若女将が選んだ"第2の人生" 震災からの復興への道、仕事術について聞く
東洋経済オンライン / 2024年4月26日 12時0分
「私たちがしっかりしなければ」
被災地から戻って、絵里香さんは気持ちを前に押し出すようになった。
「私たちまで一緒に落ち込んでもどうにもならない。商売ができるだけでありがたいことなんだって、私たちが能登の応援県にならなきゃいけないって。私がいちばん年下なのに、あわらの女将さんたちの前で、そんなこと言ってしまったのです」
旅館同士で連携する「女将の会」
1人の存在が要となって、互いのためにできること、やってみたいと思えること、関わりたいと思う仲間が増えていく。
あわら温泉は旅館同士で連携する「女将の会」の結束が強い。後継者のいる旅館も多く、全国の中でも希望のある温泉地だと絵里香さんは自負している。
冒頭の、震災の講話会が開かれたように、これから復興に向かう和倉温泉の人々の経験やおもてなしの実践を生かし、学び合う場、助け合える場にしていけるのではないか、そんな期待が湧く。
表看板の「顔」としての接客から、スタッフの統括、設備や料理内容の管理まで「女将業」の中身は実に多岐にわたる。働くうえで何に重きを置いているのか。絵里香さんに尋ねると、すぐにこんな答えが返ってきた。
「最前線で働く人の苦しみや悩みを取り除いていくことが女将の仕事。それが、経営者の仕事ナンバーワンだと思っています」
つるやの経営を引き継いだ初日のこと。この職場がどう変わるのか、どう変えてくれるのか、不安ながらもワクワク感のほうが上回る従業員たちの雰囲気を、絵里香さんは全身で感じ取っていた。
「1人で指揮棒を振ったところできれいな音なんて出せるわけがない。私1人の力では何もできないって、加賀屋で痛いほどわかっていましたから。いちばん大事なことは、いかに1人ひとりの自分ごとにしていけるか。個が主役になってはじめて、調和のとれたオーケストラになりますから」
感性が向くところ、得意なことを探りながら、あなたがいるべき場所はここ、あなたの仕事はこれ、と役割を示していく。反対に、私の苦手な部分はカバーしてほしいと助けを求めた。
すると「これやっていいですか?」という確認が、「これやりたいんですけど」という提案に変わっていく。そのプロセスに至る最初のきっかけを、女将が、揺り起こす。
「先輩をみて、感性を磨く。喜ばれて、ありがとうと言われ、そこに感動や成長が生まれる。それをかなえるのは結局、日々の繰り返しの訓練と鍛錬しかないのだけれど」
相手は人間だから面白い
旅人に、文豪や皇族、役者、政治家など、時代をつくり彩った人々をも惹きつけてきた、老舗の温泉旅館。訪れる人、迎え入れる人、価値の中心に「人」がいて、その佇まいや風情、ふるまいの洗練された姿が、日本の伝統文化そのものになった。
「今日の対応はあれで正解だったのかな、こないだはよかったのに、今回はどうしてうまくいかないんだろうって、本当にいつも考えています。答えが出ると思ったら、出ない。やっぱり相手は人間ですから、当然ですよね。答えがない。だからおもしろいんです」
テクノロジーの進化をいかに取り込むか、競争を強いられるような時代環境にあっても、人を慮り、機微に触れ、粋に感じられる心遣いの担い手を生かし、育てていくことは、どこまでも「人間の領域」であるはずだ。
「きっと、役割があるのかな」と絵里香女将は語った。
座安 あきの:Polestar Communications社長
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