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日本総合研究所・西沢和彦理事の直言「現金給付の児童手当に偏りすぎ。子育て支援であって少子化対策ではありません」

財界オンライン / 2023年8月21日 15時0分

西沢和彦・日本総合研究所理事

「今回打ち出された児童手当は子育て支援であって真の少子化対策ではありません」と西沢和彦氏。真の少子化対策とは何か。「社会保障には現物給付と現金給付があるが、日本は現金給付の児童手当に偏りすぎ」「政策として出生率を上げたり下げたりするのは慎重であるべきだ」と語る西沢氏は、政治のリーダーは、財源も含めて産業界や労働界と本質的な議論をし、従来の生き方、働き方を見直すべきだと指摘する。


できるだけ予算をかけず実効性のある政策を

 ─ 6月に少子化対策として「こども未来戦略方針」が発表されましたが、この感想を聞かせてください。

 西沢 社会保障は現物給付と現金給付に大きく分けられます。保育所や児童相談所の整備などは前者になり、児童手当が後者の代表例になりますが、今回、児童手当に偏りすぎていると思います。

 児童手当は、現在生まれている子どもに対する現金給付ですので、子育て支援ではあっても、「少子化対策」ではありません。

 そもそも少子化対策という課題設定にも違和感があります。政府が政策として出生率を上げたり下げたりするのは、かなり慎重であるべきだからです。

 ─ そういう視点からの議論はほとんどありませんでしたね。

 西沢 女性が子どもを産む、または産まない権利をリプロダクティブ・ライツというのですが、その視点は希薄です。今回の少子化対策は、男性よりも女性の支持が低いのではないでしょうか。

 私は少子化対策よりも、「子育て支援」を前面に出した方が適切だと思います。育児が母親に偏る「ワンオペ育児」を解消し、父親とシェアできるような環境づくりが重要です。

 ─ それには、職場の働き方を変えていくことも必要になります。

 西沢 はい。女性には出産・育児で会社を休んでいる間に男性に比べて昇進が遅れるという心配があるでしょうし、会社のほうは、出産したら会社を辞めるのではないかという懸念があります。こういうことを解消していくことが必要なのではないでしょうか。これなら国の予算はほとんど必要ありません。

 今、日本の保育無償時間は1日11時間ですが、英国などは6時間だと聞いています。そうなると14時か15時にはお迎えに行くことになり、父、母の労働時間は必然的に短くなります。

 ─ そうした働き方が少子化対策につながると。日本の場合は長時間労働が前提になっているように思えます。

 西沢 現物給付にも長時間労働を助長するといった弊害があります。私は、政治のリーダーには、経済界や労働界の人と、こうした従来の働き方や考え方を見直していこうという議論をしてほしい。極力お金をかけずに出産、子育てできるようにしましょう、そのためには企業の協力も必要ですねと。 

 ところが、政府は財源がないにもかかわらず、お金を配るのに必死です。

 ─ 予算をかけず実効性のある政策が必要だということですね。

 西沢 本当に出生率の向上につながればまだしも、そうならずに財政赤字だけが積み上がって、将来の子どもにそれがのしかかるとすれば、まさに本末転倒です。

 ─ 若者が子どもをつくらないという問題もあります。こうした傾向には、先行きの不安もありますね。

 西沢 あると思います。たとえば大学生の約半分が奨学金をもらっているという現状があります。そうすると卒業時に300万円程度の借金を背負うわけです。日本の成長率が低迷する中で、将来不安はどうしても出てきます。

 日本はライフコースが単線的な面があるので、たとえば高校を卒業して働いて、30歳になってから高等教育に進むなど、多様化を図っていく必要があると思います。そうすることで若者は今よりも将来に希望がもてるのではないでしょうか。

 それと、財政健全化も重要だと思います。今の社会保障給付の7割近くが高齢者向けで、賦課方式すなわち現役世代から高齢世代への所得移転で賄われています。公費もかなり入っているので、早く財政健全化の道筋をつけて、将来世代に負担をかけないようにすることが必要です。

 ─ 会社の意識改革、「働き方改革」も必要になってきますね。

 西沢 女性の場合は、出産、育児をしていると、男性の同期から遅れを取ってしまう、ならば出産を遅らせようとなる。でも遅らせると2人目、3人目が難しくなってくる。「ワンオペ」の不安があると、なおさら躊躇しますよね。

 男性、女性関係なく育児参加がしやすいような働き方に変えていくことが重要で、たぶんそれは出生率にポジティブな影響を与えると思います。


財源は社会保険料よりも税を中心に

 ─ 政府の中でこうした問題意識は指摘されないのでしょうか。

 西沢 事務局である行政の中には、現金給付の拡大は適切ではないと考えている方も多いはずです。それが政治の場になると、少子化対策の名の下に、お金を配ることが前面に出てきてしまう。

 民主党政権時の子ども手当には所得制限がなく、自民党政権に復帰し所得制限がつきました。ところが、これが都市層の住民から少し評判が悪かったようです。そうすると都市選出の議員から、元に戻してほしいという声が出てくる。

 ─ 産業界はどう評価していますか。

 西沢 総じて産業界は児童手当の所得制限撤廃には反対でしょう。社会保険料ではなく、「財源は税中心で」と言っているのです。

 令和臨調も税を中心にと言っていますし、多くの研究者も「社会保険料を使うのは悪手で本来は税だ」と主張してきました。

 ─ 本来の社会保険制度の趣旨とは違うということですね。産業界が社会保険料増に反対し、税を中心にとしつつ、消費税と特定しないのはなぜでしょうか。

 西沢 産業界はこれまで法人税を下げるよう要請してきた経緯があります。その一方で消費税増税とは言いにくい面もあるのではないでしょうか。

 ─ 大企業が潤って、一般市民の負担が増えるのは不公平だという話になりかねない。

 西沢 経済学の理論では、法人税を増やすと価格や賃金に転嫁されるので、最終的には消費者、労働者の負担増になると考えますが、一般市民はそう考えません。法人が負担するのでいいではないかとなります。理論と通念のギャップがあります。

 消費税は逆進性が指摘されますが、所得税や社会保障給付と組み合わせれば、そうした逆進性も緩和できます。

 ─ 今回の少子化対策にはこうした反対の声も少なくありませんが、政治を動かすには至りません。

 官僚には政治に意見を言う人はいなくなったのでしょうか。

 西沢 今の官僚は政治家の賛同を得られる範囲での政策を探さざるを得ないのではないでしょうか。

 本当は児童手当の所得制限撤廃や増額についても、止めるよう進言する人がいていいはずなのです。そうすれば政権も、3.5兆円の財源もないのに年末までに探すという隘路にはまらなくてもすむはずです。

 ─ では、政治家の方には財源を顧みないまま子育て予算を増やすことに反対する人はいないのでしょうか。

 西沢 かつての「消えた年金記録問題」や後期高齢者制度を創設した際の「姥捨て山」批判などがあって、社会保障に手を付けることそのものが「タブー」になってしまっている感があります。

 ─ 以前のような、いわゆる「厚労族」はいないのですか。

 西沢 いなくはないのでしょうが、以前のように、財務省と厚労省の両方に顔が利く方は思い浮かびません。

 かつて民主党政権が子ども手当の所得制限を撤廃した時、自民党の政治家が「愚か者」と言って痛烈に批判しましたが、同じことを今自民党がやっています。そのことを批判する声はほとんど聞かれません。

 自民党は、先ほどお話ししたワンオペの解消や父親の育児参加といった考えからは距離があるのではないでしょうか。

 ─ そのあたりの価値観の変化が起きていない。

 西沢 見えにくいですね。例えば、こども未来戦略会議には、若い女性は数人しかいません。あとは男性や各界の重鎮で構成されています。

 子どもを産むのは主に20代30代の女性ですから、その人たちの意見を主に聞かないとだめだと思います。


避けて通れない税負担

 ─ 少子化対策のテーマでも、本質的には政治のあり方が問われてきます。

 西沢 政治は本来、国民負担の話からは逃れられません。

 消費税率の引き上げは2回先延ばしにされ、2019年に10%になりました。予定通り15年に実行していれば、20年のプライマリーバランス黒字化は、そこまでにもう1回社会保障と税の一体改革をすることで達成できる、というのが政策関係者のコンセンサスだったのです。が、引き上げは結局19年に延びてしまい、議論ができなくなってしまいました。

 今回の少子化対策の財源についても、増税を封印してしまい、手当てできないまま単に年末まで半年先送りしただけになってしまいました。

 ─ 西沢さんのような社会保障の研究者と政府とのかかわりに変化はありましたか。

 西沢 社会保障に関しては、2000年までは社会保障制度審議会という会議体が総理府の下にありました。メンバーは政治家、官僚、研究者です。それが経済財政諮問会議発足とともに廃止になってしまいました。非常に残念なことだと思います。厚労省とは別の場で社会保障を議論していたので、厚労省にものが言えたのです。

 今、官僚は、「現在の条件で、できることをやる」という思考回路になっていると思います。

 とくに社会保障は、下手をすれば社会的大問題になってしまいます。そういうリスクを考えると、「できる範囲のことをやっておこう」という思考になってしまうのでしょう。

 官僚について私が思うのは、民主主義を育てようとしていないのではないかということです。

 ─ それは、主権者である国民の判断を仰ぐのではなく、自ら決めているということですか。

 西沢 そうです。国民に情報を提供して国民に判断してもらう。判断が正しいときもあれば、間違うときもある。それを繰り返すことによって民主主義は成長していくと思うのです。ところが彼らは自分たちの考えに国民を従わせようとしているように感じます。

 官僚はたくさん情報を持っているのですが、出てくるものがものすごく複雑で、私たちが見ても直感的にパッと理解できるようなものは多くない。それでは判断できない。もっと分かりやすく出してほしいですね。

 先日、将来人口推計を、統一地方選の後に公表しました。あの公表時期は意図的だと思います。少子化対策をやっているときに、こんなに人口が減る見通しでは格好悪いということだったのでしょう。本当はああいう推計こそ速やかに出して国民の議論の材料にしなくてはいけません。

 ─ 経済財政諮問会議の存在感はどう感じていますか。

 西沢 毎年発表される「骨太の方針」の、発足当初と今のものを読み比べてみると分かるのですが、当初はシンプルで一人称で書き下しています。

 今は「陣取り合戦」のようになって、とにかくそこに盛り込もうと、いろいろな人が詰め込んでいます。たかだか45ページのペーパーに、「注」が313個もあるのです。それを錦の御旗にして自分たちの政策を推し進めようとする。

 骨太の文書は諮問会議が一度情報を整理し、国民が読める形に書き直した方がいいと思います。

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