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大胆で危険なサウジの経済改革

ニューズウィーク日本版 2016年6月24日 18時0分

<若き副皇太子ムハンマドが主導する長期構想「ビジョン2030」は、石油依存からの脱却を目指すが、その実現は国家体制を変容させるリスクもはらんでいる>(写真はムハンマド副皇太子)

 サウジアラビアの王族がその名声を懸けて、大胆な経済改革計画に乗り出している。原油価格下落による歳入減で疲弊した経済を立て直すためだが、その処方箋として4月に発表された長期構想「ビジョン2030」はリスクだらけ。とりわけ、サウジ王族と国民の「社会契約」――原油収入を基にした手厚い福祉を享受する代わりに体制に従う――を断ち切る恐れがある。

 6月初旬には、ビジョン2030の一部である「国家変革計画」が閣議承認された。この5カ年計画はエネルギー分野への依存減、国営企業の民営化、補助金削減などを提唱。目指すは石油産業の衰退期に向けて財政を引き締め、福祉を削減することだ。「われわれは石油に依存している」と、経済改革を率いるムハンマド・ビン・サルマン副皇太子は語る。「それは危険なことだ。ほかの分野の発展を遅らせてきた」

 改革の具体的目標は、20年までに非原油収入を今の3倍以上(約1430億ドル)にする、民間部門で45万人の新規雇用を創出するなどだ。サウジでは労働者の3分の2が公務員だが、その給与が国家予算に占める割合も45%から40%に削減する。ただしこれらの目標をどう達成するかについての説明はない。

 サウジが「ビジョン2030」を採用したのは、今の経済モデルではやっていけないという単純な理由からだ。過去2年ほどの原油安でこの国は流動性の危機に陥り、身動きが取れなくなっていた。昨年のGDPは13%減少し、対外純資産は1150億ドル下落。1000億ドルの財政赤字の補塡に使われたためだ。IMFは、現在の支出パターンが続いたら4年で国家財政は破綻するという悲観的な予測を出している。

【参考記事】「国家崩壊」寸前、ベネズエラ国民を苦しめる社会主義の失敗

 サウジの財政難は、余剰原油を市場に供給するという14年秋の決定にさかのぼる。供給過剰な上に消費者需要は減速していたから、いずれにしても原油価格は下落しただろうが、サウジの市場介入は価格崩壊を加速させた。

 市場シェアを守るためだとサウジは主張したが、価格下落がアメリカなどのライバル産油国はもちろん、地政学上の敵であるイランやロシアに打撃を与えると喜びを隠さなかった。しかし価格は予想以上に暴落し、サウジ自体の財政に大穴が開いた。




マッキンゼーとの関係

 しかもこのとき既に、多額の社会保障・安全保障支出で財政難に陥っていた。3年前、独裁政権を倒した「アラブの春」の広がりを恐れたサウジの王族は、1300億ドル相当の補助金と社会保障を新たに発表していた。

 政府はさらに、最大の敵イランに対抗するため数十億ドルの国防予算の増額を行った。サウジは今年、ロシアに代わって世界3位の軍事費支出国となり、国防軍の装備には560億ドルを充てている。

 こうした放漫財政と時を同じくして、サルマン国王の息子であるムハンマドが政策決定の中心人物として浮上してきた。

 昨年4月の副皇太子就任から1年もたたないうちに、野心に満ちた30歳の王子は、経済から防衛、女性の権利や経済改革に至るまでさまざまな問題についての改革を推進。リークされたドイツ諜報機関の報告書が、「父の存命中に王位継承における自らの立場を確立しようと、(ムハンマドが)無理をし過ぎて失敗する潜在的なリスク」があると警告していたほどだ。

【参考記事】死と隣り合わせの「暴走ドリフト」がサウジで大流行

 既に失敗している、との指摘も一部にある。王位継承順位2位で、王立裁判所長官であることに加え、軍事と経済政策を担当するムハンマドには「戦争と石油の王子」というあだ名が付いた。軍事や外交で大した経験のない彼が国防相に就いたことは、王族の評判を左右しかねない大変なギャンブルだ。シリアとイエメンの内戦への介入はいつ終わるかも分からず、しかもサウジ軍の能力は国際的にみればかなり低い。

 王子たちの飛行クラブのようなサウジ空軍はイエメンで住宅地や民間人への爆撃や機銃掃射を行い、その残忍な無能ぶりで知られるようになった。数ある中でも最悪の出来事の1つが、サウジ主導の有志連合軍による3月15日の2回の空爆だ。マスタバ村の混雑した市場が狙われ、119人の死者が出た。

 もっともムハンマドの影響力が一番強く及んでいるのは、経済分野だ。法律の学士号を持つ彼は短期的な財政の立て直しだけでなく、サウジを不労所得で生活できる国から、1次産品市場に左右されない工業国に変えるという重要な任務に着手した。彼の目標はこの上なく野心的だ。約30年でサウジを原油依存から脱却させるというのだから。

 改革の基本構想ビジョン2030は、昨年12月にコンサルティング会社マッキンゼーのウェブサイトに掲載された報告書に酷似する。ムハンマドも、サウジ政府が同社と密接な関係にあることを認めている。サウジ政府に批判的な人々は、経済企画省は「マッキンゼー省」に名前を変えるべきだとあざ笑う。



学校給食のようなやり方

 マッキンゼーはこの数年、欧米式の経済改革に心酔する若い世代のアラブの王子たちを育ててきたが、その結果はいい点も悪い点も入り交じる。マッキンゼーを辛辣に批判するある人物は最近、こう指摘した。「マッキンゼーの言うことをうのみにした国々の多くでは、アラブの春が起きた。バーレーン、エジプト、リビア、イエメン――どの国もデモ、多くは経済的苦境に駆り立てられたデモに揺さぶられた」

 外国政府を改革するというマッキンゼーの取り組みは、危険なほど誤っていた。経済改革に対する学校給食のようなアプローチ――食欲や文化に関係なく、画一的な解決法を用意する――は、それぞれの国の歴史や社会背景を考慮していない。その国の政治構造が国営企業や社会福祉事業の民営化、雇用削減、補助金カット、生活費の上昇などから生じる社会不安に耐えられるかどうかも考えない。

 サウジ王族でも年上世代の王子たちは、君主制のもろさを理解している。保守的な聖職者や、自分たちの特権を奪う自由市場改革に反対する商人階級が静止状態でいる限り、君主制を支える柱はその上に立っていられるのだ、と。

 ムハンマドはエコノミスト誌のインタビューで、マーガレット・サッチャー元英首相を崇拝していると語った。しかし80年代のイギリスと違い今のサウジアラビアには報道の自由も、選挙によって選ばれた議会も、集会の自由もない。激発しやすい社会のエネルギーを吸収し、外へそらす柔軟な政治構造もない。

 ムハンマドは知っているだろうか? こうした社会システムが整っていても、彼の崇拝するサッチャーは国民の支持を失い、辞任することになったのを。

From Foreign Policy Magazine

[2016.6.28号掲載]
アンドルー・スコット・クーバー

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