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AI介護、雇用収縮......2030年、AIで日本の職場と家庭はどう変わる?

ニューズウィーク日本版 2018年9月13日 18時0分

<新刊『物語でわかるAI時代の仕事図鑑』が予測する、近未来の日本社会にAIがもたらす大変革とは>

人工知能(AI)について多くの本が出ている。だが、肝心のAIを使うのにいったいお金がいくらかかるかは書いてないし、そもそもAI時代とはどのような未来なのか実感が持ちにくいという声も聞く。

そんな人たちが参考にして欲しいのは、AIが至る所に進出した2030年の日本を舞台にした未来小説『物語でわかる AI時代の仕事図鑑』(宝島社)。AI がもたらす社会変化とその光と影が、6人の職業人の展開するドラマによってわかりやすく描かれ、新たな働き方へのヒントが見えてくる。

今のAIは小学2年生レベル?

まず初めに、2018年現在のAIはどんなレベルか確認しておいた方がいいだろう。米国のAI研究者によると、AIには3つの波がある。

第1の波は「手作りの知識」で、人間が事細かに知識をAIに教え込むレベルだ。チェスなどはこれに当たる。

第2の波は「統計的な学習」で、音声認識、顔認識など大量の学習データを統計的に処理し、AIは結果を導き出す。現在のAIはこのレベルにある。

しかし、物事を理解して判断しているわけではないし、AIがなぜその結論を出したかの理由は説明できない。

そして、第3の波が「文脈の理解」だ。物事の文脈を理解し、AIが自ら出した結論の理由を説明できる。その行きつくところは「常識の理解」だ。

ただし、第3の波はまだ到来してないし、2030年になってもまだだろう。

AI時代の新たな働き方

日本の高齢化は進み、介護現場で人手不足が叫ばれている。今後、介護現場にもAI化の波はやってくる。

本書の物語では、福岡県の市役所の介護課で働く青木沙織という係長が登場する。彼女は仕事柄いろいろな介護施設を見てきた。2030年、資金力のある大手介護事業者が経営する施設は、介護士がワイヤレスの耳型端末を付けて、介護AIからの指示で作業を行う。「見守りAI」が高齢者の行動から危険を予知し介護士に伝えて、予防行動を行うのが日常の作業になっていた。

一方で、資金力のない介護施設はAI化から取り残されていく。



見守りAIだけでなく、例えば、おしめが汚れたら感知し介護士に知らせるセンサーといったハイテク介護機器も次々と開発されたが、利用にはカネがかかる。介護現場でもAIによる格差はより広がっていた。

そんな時、沙織の勤める市役所では、市長の鶴のひと声で業務のAI化を進めることになってしまう。前例主義と書類がすべての役所仕事は本来はAI化が進めやすい業種だ。しかし、仕事をしないくせに「仕事を奪われる」と感じた老獪な職員たちの抵抗に遭い、AI化は暗礁に乗り上げる。

そして、「上司には反論しない」が処世術だった沙織は、ある出来事をきっかけに反旗を翻すことになる。それは、高度なAI化とは縁遠い小さな介護施設「やすらぎの家」で起きた高齢者同士の恋愛問題だった――。

AIはツールであり、使う側の意識次第で、もたらされる成果が大きく変わることを物語は教えてくれる。

AIは社会に徐々に浸透する

AIは単独であなたの目の前に突然ドンと出現するわけではない。社会の受け入れる力とあちらこちらで綱引きをし、企業の都合をうかがいながら浸透していく。

その時、「仕事を奪われる」と考える労働者は抵抗するし、「問題の全てが解決できる」と過大評価した企業は前のめりになる。

そして、AIはITと共に進化していくが、その華々しい進化と反比例するように、道路や水道、橋梁といった社会インフラは老朽化してしまう。

つまり、2030年の日本の空にはドローンが飛び、スマホは第5世代に進化して高速になるかもしれないが、自動運転車の走る道路は陥没が目立ちボロボロで、橋は通行止めも珍しくなくなるだろう。高齢者と介護離職は増え、非正規雇用率の上昇は止まらない状況だ。

振り返ると、高度経済成長をはじめ、日本が過去に経験してきた成長は、社会全体がおしなべて画一的に成長してきた。

しかし、2030年に至るAIの成長は、日本として初めて不均衡でアンバランスな社会構造下での成長となることに注意を払わなければいけない。



AIが引き起こす「雇用収縮」

AIが新しい仕事を生み出すことは確かだ。AIに必要なデータを選んで入力するデータサイエンティストはもちろんのこと、ドローン開発者、センサー技術者などの仕事が脚光を浴びてくる。

その一方で、製造現場やコールセンターなど定型で労働集約型の仕事はもちろんのこと、弁護士や司法書士、さらには病院での診断といった知識階級の仕事も奪っていく。

なによりAIを導入する企業は人件費を削減することが大きな目的のひとつとなり、雇用の絶対数が減少することは明らかだ。つまり、AIによる「雇用収縮」が待ち受けている。

この小説に登場する、大手自動車メーカー「トクダ自動車」に勤務する大場美咲は、最年少の製造課長として生産現場のAI化を進め、クビ切りを行い、無人化に成功したやり手だった。

だが、トクダ自動車全体がEV(電気自動車)化や再生可能エネルギーなどの環境対応に遅れて業績不振に陥ると、会社側はあっさりと課長職のAI化に踏み切り、美咲も自らが加担した雇用収縮の渦に飲み込まれた。

彼女は仕事以外にも悩みがあった。美咲の夫は鬱を発症し、彼女の父親はガンを宣告されていたのだ。既にAI診断は当たり前になっていたが、ガンの手術をAI診断は勧めるが、主治医はそれに反対して、美咲は板挟みになる。

一家を支えなくてはいけない美咲は、かつての上司から紹介され急成長するモーター製造会社に工場長として抜擢される。だが、そこで待っていたのは、モノ作りの鉄則を覆すAI時代の新たな戦いだった。

日本を支えてきた自動車メーカーの今後を描きつつ、AIが単独で活躍するのではなく、産業の遷移に同期し、人を巻き込みながら活躍の場を変えていく様子がわかる。

AIで削減される銀行店舗

マイクロソフトのAI「Tay」が、ユーザーが差別的な言葉を大量に入力したために、「ヒットラーは間違っていない」と世界を騒然とさせる結果を表示したのは2016年のことだった。

AIは神ではない。AIは自分でデータを探してくることはできないし、どれが適正なデータかを判断することも無理だ。

そして、入力するデータ次第でAIは間違った結果を出してしまう。このことを肝に銘じておく必要がある。



物語に登場するメガバンクのエリート銀行マンの五十嵐は、要領よく出世することにしか頭にない男だ。マイナス金利政策以降 銀行経営は悪化し、融資先は見当たらないまま銀行業界はすでに斜陽産業になっていた。AIはコールセンターの人員を大幅に削減したものの、店舗数も減っていた。

銀行の窓口から女性行員の姿は消え、代わりに音声対応のタッチパネルがずらっと並ぶ。ATMは銀行間で共通化したが、コストカットには不十分で、ATM台数を大幅に削減した。

そして、他行同様に五十嵐の働く銀行もAIによる融資審査に活路を見出そうとしていた。だが、頭取がAIに入力するデータを操作させ、自分の都合のいいAI融資の結果を引き出す不正事件に巻き込まれる。さて、五十嵐の運命は......。

どんなに性能の優れたAIでも、入力データが間違っていては役に立たないどころか、混乱を招き、会社を破滅に追い込んでしまう。

AIに出来ないことはたくさんある

自動車の組立てなど作業手順が決まっている定型作業はAIが得意だし、大量の文章を読んだり、顔認識など画像処理や音声認識もAIが力を発揮する。だからといってAIは万能ではない。出来ないこともたくさんある。

物語には、優秀なエンジニアだったが会社を辞めて、郷里で漁師になる女性、長谷川桃子が登場する。

桃子の郷里の漁師たちの高齢化は激しく、彼らが通っていた病院は経営悪化から閉鎖され、医療格差も広がっていた。

男勝りの桃子は、苦労の末に定置網漁のコツを学び、AIを用いて一度の漁で獲れる漁獲量をアップさせることを思いつき、周りの協力も得て成功にこぎつけた。

ところがしばらくして、AIでは、資源としての魚の量を根本的に増やすことはできないことに気づく。AI以上の力を持っていたのは規制官庁だった。そこで桃子は、役人を動かすために驚きの行動に出る。



上から言われたことをただやるのではなく、自分の頭でしっかり考え行動できる人物は大量生産の時代には煙たがられたが、AI 時代にこそ活躍の場を見出すだろう。

AIはツールであり、使う側の意識次第で、もたらされる成果が大きく変わることを物語は教えてくれる。

現在の社会には既にAI化の波が押し寄せていて、もはや止めることは出来ない。では、AI時代を生き残るにはどうせればいいのか? その答えは、まずAIを知ることだ。

そして、AIに出来る事と、出来ない事を合理的に見定め、自ら考えて果敢に行動に移すことが出来る人が未来を切り開いていく。

AI登場以前のこれまでの働き方にしがみついていては、AI時代は生き残れない。

[筆者]
竹内一正(作家、ビジネスコンサルタント)
ビジネスコンサルティング事務所「オフィス・ケイ」代表。著書に『スティーブ・ジョブズ 神の交渉力』(経済界)、『イーロン・マスク 世界をつくり変える男』(ダイヤモンド社)ほか多数。




竹内一正(作家、ビジネスコンサルタント)

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