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「失業」が死語になる時代に、生産性の低い"ゾンビ企業"を守る必要はない…人手不足時代の日本で起きる大転換

プレジデントオンライン / 2024年4月9日 7時15分

冨山和彦氏 - 撮影=大沢尚芳

ますます深刻化する日本の人手不足問題。労働市場研究の専門家・古屋星斗氏は、すでに医療・介護、物流、建設などの現場からは「これ以上もたない」と悲鳴が上がっているという。人手不足問題に詳しい経営コンサルタントの冨山和彦氏は「フルタイム」を前提とした昭和のモデルは事実上、崩壊したと指摘する。日本はいま転換点を迎えているという2人が、人手不足時代の課題と希望を語り合う。

■重要なのは“1時間あたり”の生産性

【古屋】日本はいま、社会全体に必要な働き手の数を確保できない状況になっており、企業の業績や景況感とは関係なく人手が不足する「労働供給制約」の時代を迎えています。これからの時代は、企業の経営におけるKPI(重要業績評価指標)も大きく変わっていくのではないでしょうか。

私は今後、日本の企業にとって重要な価値のバロメーターになるのはROI(Return On Investment=投資利益率)ではなく、ROLI(Return Of Lavor Input=労働投入量利益率)ではないかと考えています。

【冨山】付加価値を時間で割ったものですから、重要なのは「労働生産性」ということですね。

【古屋】経営指標にもなっていくということです。労働投入量に対して、どれだけ成果や価値を上げられるか。重要なのは「人の数」ではなく「時間」です。

【冨山】いまは誰もがフルタイムで働いているわけではないですからね。

【古屋】今後、高齢者が増えていくと、短時間労働の人も増えます。そう考えると、ポイントとなるのは「1人あたりの」ではなく「1時間あたりの売上や生産量」です。

【冨山】8時間ぴったり働く人は減り、兼業をする人は増えていきます。ですから、「1人あたり」を指標にしてもまったく意味がないんです。あくまでも「時間」で見ないといけません。

【古屋】「日本の1人あたりのGDPが20年間増えていない」などと報道されることがありますが、あれは意味のない分析です。就労者に占める高齢者の割合が増えているのですから、「1人あたり」が増えるわけがありません。

【冨山】総投入労働時間を考慮しなければいけませんね。

【古屋】働く高齢者が増加しているので、トータルの労働時間はむしろ増えています。65歳以上の人は平均週25時間程度の労働時間で、これは現役世代の平均週38時間と比べると短い。しかし、それでも重要な担い手です。0か1ではなく、その間で柔軟に働ける社会をつくる必要があります。

■昭和のモデルは完全終焉

【冨山】リモートワークや兼業が浸透してきたように、これからは毎日会社に出勤して定時まで働く「フルタイム・フルライフ」というタイプの仕事が減っていくでしょう。ホワイトカラーが衰亡していくということは、そういうことなんです。

だからこそ、ノンデスクワーカー、エッセンシャルワーカーの人たちは、必然的にフルタイムではなく兼業型になっているわけです。育児をする人も同様に、子育てをしながらフレキシブルに働いています。

【古屋】介護もそうですね。現代人は「労働だけ」「家事だけ」ではなく、本当にさまざまな役割を果たすようになっています。

【冨山】「フルタイム・フルライフ」を前提とした昭和のモデルは事実上、崩壊してしまっています。そこにいくら回帰しようと思っても絶対に戻りません。その前提で新たなモデルを考えていかなくてはいけません。

【古屋】これまで国の政策は、なんでも「フルタイム」で考えてきました。労働政策も企業に雇用されている労働者1人あたりで立案されていますし、家族制度や家族の支援策を全部「1人あたり」で考えて制度設計をしてしまっている。

【冨山】「経路依存」(昔うまくいっていた制度や仕組みが機能しなくなっているのに変えることができず、過去の経緯や歴史に縛られる現象)が生じてしまっているんですよ。しかし、いまが大事な「転換点」なんです。圧倒的な人手不足によって昭和のモデルがいよいよ“完全終焉”を迎えているのですから。

【古屋】転換後の日本社会に生きていると私は考えています。

■いまの日本に必要なのは「撤退するしくみ」

【冨山】企業の構造や政府が設計する制度も含めて、日本は社会を大きく変革させる「ソーシャル・トランスフォーメーション」を起こさないといけません。

昭和のモデルというのは、基本的には「人口が増え続けること」を前提に設計されています。たとえば、道路が延び続け、居住面積が増え続けるのに対して「どうやって農地を守りましょうか」などと考えているわけです。

しかし、いまの状況は逆です。どんどん人口が減って耕作放棄地が増え、イノシシなどがたくさんやってきて獣害が拡大している。年々増え続けている「空き家」の問題も同じことです。

本来は、居住面積を減らして人口の集住化をどんどん進めなければいけないのに、日本はそういう状況に対応するしくみを持っていない。いわば「撤退するしくみ」のようなものが必要な段階に入ってきているんです。

【古屋】人口が分散してしまうと、生産性も上がらないですからね。

【冨山】“拡張型”の制度設計を転換するのは、経路依存の問題もあってとても大変ですが、「どう上手に縮むか」ということを日本は覚悟しなければいけません。

■このままでは日本の労働力は2000万人不足する

【冨山】もう1点指摘したいのは、多くの人が「いずれどこかで出生率が劇的に上がる」といったむなしい期待を抱いているということです。

【古屋】合計特殊出生率が人口置換水準の2.07に上昇することなんてありえないですよね。日本は1975年に2を下回ってから一度も上回ったことはないですから。2023年は1.2前後で過去最低となってしまっています。

【冨山】「出生率が反転して2.2になる」などと言っている人がいるのですが、仮にいま進めている少子化対策が劇的な効果を上げても、1.5か1.6までいったら上出来。それでも世界で見たらかなり成功しているほうです。

仮にいまの水準の出生率のままだと、日本の人口は30年後に半分、60年後にさらに半分の4分の1になってしまう。崖を滑り落ちるように人口は減っていくんです。そのまま減り続けて国がなくなってしまうと困るので、「では、どうソフトランディング(軟着陸)するか」という議論をしたほうがよっぽど現実的です。

いまの人口モデル、生産性を前提とすると、このままでは日本の労働力は2000万人ぐらい不足してしまうと私は考えています。

【古屋】私たちの労働需給シミュレーションでは2040年に1100万人不足すると推定していますが、その倍くらいになるのではないか、と。そこまでいくと、もはや国が維持できないレベルですね。

【冨山】日本はもう、覚悟しなければいけないと思うんです。だからこそ、それを前提に「どうやったらその状況をしのげるのか」という長期的な戦略を描かないといけない。そういう意味では、「コロナ禍が終わって急にもとに戻ったから人手が足りなくなった」などと言っているメディアにも大きな問題があると思うんです。

【古屋】そう、勘違いもはなはだしいですよね。人口動態に起因する構造的な問題なんです。ご高齢の方が増えると医療や介護分野を想像すればわかるように、対人サービスを中心に労働需要が増えます。他方で労働供給は減るわけですから、構造的な人手不足になるのですよね。

【冨山】この人手不足は一過性のものではありません。いまの人手不足は、まだ“序の口”なんですよ。

【古屋】おっしゃる通りです。

■ドライバーは10年後には今よりもっと足りない

【冨山】いま日本でさかんに議論されている「ライドシェア」の問題もそうなんです。

【古屋】一般のドライバーが自家用車を使って有償で他人を送迎するライドシェアについては、これまで何度も議論されてきました。今回、ライドシェア問題がふたたび議論の俎上に載せられたことに、私はようやく社会が転換点に差し掛かっていると感じています。現場の必要性によって、一度「やらない」と決定されたことが再び議論されているのです。

【冨山】それほど運転手不足が深刻になっているということです。しかし、この問題はライドシェア解禁だけでは解決しません。どんどん賃金が上がっていっても、働き手がそもそもいないのですから。ドライバーは10年後、20年後にはいまよりもっと足りなくなります。もう完全に局面が変わってしまったのです。

【古屋】そういう意味でも、私は今回、ライドシェアの議論が再提起されたことに、大きな希望を持っているんです。現場における圧倒的な人手不足を背景に、動かざるをえなくなったわけですから。

【冨山】「背に腹は代えられない」ということですね。

【古屋】タクシーや物流のドライバーに限らず、今後はほかの分野でもこうした議論がどんどん出てくるのではないかと期待しているんです。様々な現場で前代未聞の人手不足になっているわけで、様々な試行錯誤が必要ですから。

【冨山】リモート医療(オンライン診療)解禁の議論も、押し戻したい人はたくさんいましたが、結局押し戻せませんでした。現場で働いている医者たちがもう、リモートがないと過労死してしまうレベルで疲弊してしまっていたからです。

【古屋】勤務医さんはそうですよね。現場の人たちが「これ以上もたない」と悲鳴を上げているのですから、もう「前例が」とか「ルールが」などとは言っていられません。

【冨山】地方の公共交通体系もそうですが、日本はずっと昭和のモデルに縛られ続けてきました。あらゆる意味で、社会システムの耐用期限が過ぎてしまっているのです。

■日本は30年間「安定的停滞」を選んだ

【古屋】国の政策的な論点もあると思います。たとえば産業政策や労働政策についても「労働供給制約」を前提に組み直す必要があるのではないでしょうか。

【冨山】国は中小企業に相当お金を配っていますからね。

【古屋】最近では、コロナ禍で雇用調整助成金が大量に活用されましたが、「雇用を守ること」自体は政策目標ではなくなっていくと思います。収入を上げていく、質のよい雇用をつくっていくことに重点を移さなければいけません。

【冨山】個別の企業を守るためにお金を配るのは、じつは非常に効率が悪いんです。生産性が悪いところにお金をまわすことになりますから。これまでは人が余っている時代が長く続いたため、国は「企業をつぶさないこと」を第一に、雇用を通じて社会政策を進めていました。

新自由主義的に競争をして企業が淘汰されていくと、成長率は高くなりますが、失業問題と格差問題が起きて社会が不安定化していきます。一方、失業や格差を減らして社会を安定させようとすると、成長率は停滞してしまう。

つまり、この国の政策は「不安定だが成長する」と「安定するが成長しない」の二者択一になっていた。自公政権はこの数十年、「成長」と「不安定」を選択せずに、「安定」と「成長しない」という組み合わせを選んで、全体のバランスを取りながらなんとか切り抜けてきたといえるでしょう。日本は「安定的停滞」を選んだのです。だから、30年間ずっと成長しなかった。

たとえば、私が携わった産業再生機構(政府出資の企業救済組織)では、投入した資本を使って退職金を支払ったり、転職をする時間を与えたりするアプローチでなんとか乗り切りました。それが、1990〜2000年代の日本の再生モデルだったんです。

古屋星斗氏
撮影=大沢尚芳
古屋星斗氏 - 撮影=大沢尚芳

■労働生産性の低い“ゾンビ企業”は、もはや必要ない

【冨山】その一方で、過剰債務を抱えながら税金で延命する「ゾンビ企業」も増加してしまいました。

しかし、これまではそれがいい方向に作用した面もありました。債務超過になっても歯を食いしばって企業経営を続ければ、国から補助金やゼロゼロ融資を受けることで雇用を守れたからです。そうした会社は低賃金だったり非正規だったりするのですが、それでも失業率はずっと低いままでした。

そういうトレードオフ(両立できない関係)のような中で、ソンビ企業がある意味「バッファ」のようなものになっていました。バッファになる企業は、労働生産性が低いほうがいいんです。そのほうが、雇用吸収力が高くなりますから。

【古屋】人をたくさん雇えてしまいますからね。

【冨山】これが新陳代謝を妨げてきたことは事実なんです。労働生産性が低いゾンビ企業は、もはや必要ありません。そもそも雇用を守る必要がなくなっていますから。

【古屋】確かに日本はここ10年程ほぼ「完全雇用」です。コロナショックでも失業率はほとんど上昇しなかった。いまは完全雇用どころではなく、人手が不足するなか現場で働く人たちが歯を食いしばって我慢してがんばっている状態です。失業は、もはや今後の日本において死語となるのかもしれません。

■現場の課題のなかに大転換のためのチャンスとヒントがある

【冨山】じつはいま、「安定」と「成長」は両立するんです。なぜなら日本社会は構造的人手不足時代に突入して失業不安から解放され、むしろイノベーションと新陳代謝を進めて労働生産性を上げないと社会と経済が持続性を失って逆に不安定になるからです。

ずっと前から私は言ってきたんです。「政府は余計なことするな。この流れを止めるな」と。労働生産性の低い企業を、国が一生懸命守る必要はありません。これは中小企業だけではなく、大企業にも当てはまります。このような企業には、むしろ“退出”してもらったほうがいい。

古屋星斗+リクルートワークス研究所『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)
古屋星斗+リクルートワークス研究所『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)

仮に廃業しても、そこで働いている人を必ずもっと生産性の高い同業者が雇ってくれます。もしくは、他社が事業を買収してくれるはずです。ゾンビ状態のまま生き延びるくらいなら、むしろ再編なり労働移動を促したほうがいいんです。

ただし、廃業や事業譲渡をして借金が残っても破産しないようなしくみを、国がつくってあげる必要はあるでしょう。

【古屋】会社を畳むことを決断した経営者のセカンドキャリアを支える仕組みが必要ですよね。それに限らず、前例のない労働供給制約社会が来るわけですから、日本が持続可能な社会をつくっていくための仕組みづくりに知恵を絞らなくてはなりません。現場の課題感や困りごとのなかに、大転換のためのチャンスとヒントがあると私は感じています。

冨山和彦氏と古屋星斗氏
撮影=大沢尚芳

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冨山 和彦(とやま・かずひこ)
経営共創基盤(IGPI)グループ会長
日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役社長。1960年生まれ。東京大学法学部卒、在学中に司法試験合格。スタンフォード大学でMBA取得。2003年から4年間、産業再生機構COOとして三井鉱山やカネボウなどの再生に取り組む。機構解散後、2007年に経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。2020年12月より現職。2020年日本共創プラットフォーム(JPiX)を設立し代表取締役社長就任。パナソニック社外取締役。

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古屋 星斗(ふるや・しょうと)
リクルートワークス研究所主任研究員
1986年岐阜県生まれ。リクルートワークス研究所主任研究員、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。2011年一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、「未来投資戦略」策定に携わる。2017年4月より現職。労働市場について分析するとともに、学生・若手社会人の就業や価値観の変化を検証し、次世代社会のキャリア形成を研究する。

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(経営共創基盤(IGPI)グループ会長 冨山 和彦、リクルートワークス研究所主任研究員 古屋 星斗)

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