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スキャンダル芸能人やバイトテロに、無限の賠償責任はあるのか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2019年3月5日 16時15分

<一連の「バイトテロ」問題で、企業側が巨額の損害賠償を請求する動きがあるが、低賃金の労働者に法人が求められる損害賠償には限度が必要なのではないか>

最近、話題になっている「バイトテロ」問題に関して、どうしても違和感を禁じえません。もちろん、不適切動画をアップした本人の意識に問題があるのは確かです。動画のアップだけでなく、内容が外食や食品販売に求められる衛生管理の思想に反するわけで、深刻な問題とも言えます。

ですが、「内輪の閲覧」しかないだろうという前提でアップした動画を、わざわざサーチして閲覧し、複製し、その上で僅かなクルー(証拠)を探したり、通常のユーザーは関知しえないGPS情報などを駆使して「店名やブランド名を特定して晒す」というのは、一種の愉快犯です。この「晒し」行為に関して、何の責任も問われないのは不公平だと思います。

また、事件を受けた企業側が「一斉休業による一斉研修」を行うというのも、少々不安を感じざるを得ません。この発想は、2018年の4月にスターバックスが、フィラデルフィアの店舗で人種差別事件を起こしたのを受けて、全店で休業をして研修を行ったことを参考にしていると思われます。

スターバックスの場合は、その研修の内容が「無意識のうちに持っている人種偏見をどう意識化して行動に結びつけるか?」というもので、「より正義の側に立つためのノウハウ」を教えるという前向きなものでした。ですから、休業による研修という判断は社会から歓迎され、ブランドイメージは守られました。また同様の事件は再発していません。

ですが、今回の大戸屋HDの場合は、「意識の低いバイトに責任感を持たせる」とか「再発の場合の社会的制裁について啓蒙する」という種類の管理的な研修になるようで、「意識の低いバイト」に限って妙な反発をしたり、そうでなくても職場風土が減点法になって優秀な人材が逃げるなどの心配があるように思います。

その一方で、一連の「バイトテロ」問題で気になるのは、最低賃金より少し高いぐらいの賃金で働く労働者に対して、いくら意識や知識が不足していたからだとしても、巨額の損害賠償をするというスキームの正当性です。

これは厳密な法解釈はともかく、労働基準法の精神である「使用者と就労者の関係における力関係の不平等を是正する」という考え方に反すると思います。基本的に、悪意や極端な重過失がない限り、低賃金の労働者が会社に与えた損害は、少なくとも賃金水準に見合う支払い能力の範囲内にするべきだと言えます。

もしも、それを超える損害賠償責任があるということが、判例等で確立してしまうと、それこそ、ある企業のバイトが「ある政治団体に加入していた」とか「ある宗教の信者だった」「犯罪者の親戚だった」「更生しているが犯歴がある」といった理由で「晒されて炎上」した場合にも、そのバイトに賠償を請求するような企業が出てこないとも限りません。

それ以前の問題として、年間100万とか200万しか稼げない仕事が、何千万あるいは何億円といった損害賠償のリスクを伴うのなら、そこには優秀な人材は集まらないでしょう。



考えてみれば、企業の取締役の場合、社外取締役などの場合は「責任限定契約」が可能ですし、社内取締役の場合も「役員賠償責任保険」がありますから、無限に責任を負わされるわけではありません。それなのに、バイトには無限に賠償責任を負わせるというのはバランスを欠くと思います。

無限責任ということでは、芸能人がスキャンダルを起こした場合に、映像作品やCMがキャンセルされ、その損害について何億という金額が請求されるということにも、違和感があります。

請求しているのは広告主企業であり、そのダメージは外食チェーンの「バイトテロ」と比較するともっと曖昧です。ある女優が会社のイメージ広告に出ていたとして、その女優に不倫疑惑が持ち上がったとします。もちろん、そこでCMに対してクレームを言うのが趣味の人もいるでしょう。ですが、多くの視聴者は傷ついた女優のイメージと、企業のイメージを混同するような愚かなことはしないでしょう。

そこで多額の金額を請求されるというのは、いくら契約書に書いてあるからと言っても、そもそもその契約自体が有効であるかも不明です。仮に、役者というのが個人事業主だとしても、その売り上げの範囲を超えた賠償責任を負わされるとか、そのリスクを回避するための保険もないというのは問題だと思います。

性犯罪のような悪質な犯罪の場合はまた別です。ですが、その場合でも芸能人の支払い能力は被害者への補償が最優先だと考えると、やはり巨額の賠償請求がCMの広告主から来ることには違和感を覚えます。

過失や反社会的行為により損害を生じた場合、その損害を弁済するのは社会の構成員として当然です。ですが、権力と経済力のある法人が、権力も経済力も限られる個人に対して無限の責任を負わせるというのは、法体系として何らかの歯止めが必要だと思います。

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