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「テキサス州は30年以内に独立国になる」と明言...テキサス・ナショナリスト運動の「主張」

ニューズウィーク日本版 2024年3月19日 17時40分

<テキサスの統治はテキサス人の手で、「一つ星の州」に広がるナショナリズムの行方>

テキサス州は合衆国を離脱するべき──そう確信した日を、ITコンサルタントのダニエル・ミラーははっきり覚えている。

1996年8月24日午後2時頃、テキサス州タイラーのホテル。ミラーはその瞬間の衝撃を、テキサス独立戦争中の1836年、テキサス軍を指揮するウィリアム・トラビスがアラモ砦(とりで)を死守する有志を募るために「砂に引いた線」になぞらえる。この戦いを機にテキサスはメキシコからの独立への道をたどり、1845年のアメリカ併合まで9年間、独立国「テキサス共和国」が存在した。

現在50歳のミラーは「テキサス・ナショナリスト運動(TNM)」という団体を率いて、テキサスを再び独立国にすることを目指している。

だが、支持拡大とは裏腹にTNMは挫折を味わってきた。次期大統領選の共和党予備選では、独立の是非を問う州民投票を実現できなかった。独立など幻想だ、少なくとも平和的独立は不可能だと批判もされた。しかし、いずれ成功するとミラーは信じている。

「連邦政府もテキサスもその方向に向かっていると思う。意識的な決定によってか、基本的義務を満たせない連邦制の崩壊によるかは分からないが、テキサスは間違いなく今後30年以内に独立国になるだろう」

この数年、テキサス・ナショナリストたちは精力的に活動してきた。昨年12月、TNMは13万9456人分の署名をオースティンのテキサス州共和党に提出。テキサス独立の是非を問う州民投票を今年3月の予備選に含めるよう求めた。

テキサス州の選挙規定によれば、州民投票の実施に必要な署名の数は「直近の知事選の共和党予備選で候補者が獲得した総得票数の5%」。直近の知事予備選は2022年、全体で195万4172票が投じられ、現職だったグレッグ・アボット知事が選出された。従って州民投票の検討に必要な署名は9万7709人だったが、同州共和党は署名の受理を拒否。マット・リナルディ委員長は提出の遅れと、「署名の大部分が無効だった」ことを理由に挙げた。

ナショナリストらは激怒し、ミラーはポッドキャストで配信している「テキサス・ニューズ」でTNMは「州共和党と戦う」と宣言した。今年1月10日、TNMは州最高裁に「自治権を求めて戦う」ための緊急請願を行ったが、却下された。

分離独立派は州議会にも働きかけ、昨年3月にはブライアン・スレイトン州下院議員(当時)が独立の可能性を問う州民投票の実施を求める法案を提出した(成立はせず)。

「連邦制は破綻し、テキサス人はそのツケを払わされている。テキサス人がテキサスを統治するほうが合理的だ」と、TNMのミラーは言う。

30年後にはテキサスは絶対に独立していると語るTNMのミラー TEXAS NATIONALIST MOVEMENT

独立「宣言」でどう変わる?

ミラーは、州民投票で独立が支持されれば州政府と連邦政府が交渉プロセスを開始し、2つの密接に結び付いた独立国家が誕生すると考えている。「州民投票で独立が支持されても状況がすぐに変わるわけではない。テキサスの住民は独立に向けたプロセスを開始する。州憲法の改正、それに伴う法整備、国際規約・条約・合意の評価と履行、および連邦政府との交渉などだ」

TNMの公式サイトによれば、独立後も当面は「経済的安定」のために米ドルを使用し、金利は引き続きFRB(米連邦準備理事会)が管理することになる。長期的にはユーロのような「交渉に基づく通貨統合」を模索する構えだ。

ミラーは本誌の取材に対し、テキサスは「連邦制度の累積債務を一部肩代わりする義務はない」とし、独立後に負担するかどうかは、米軍も含めた現在の連邦政府の資産についての連邦政府との交渉次第だと示唆した。TNMの計画にはテキサス軍設立も含まれている。

今年1月には、移民問題をめぐって州と連邦当局の対立が激化した。

1月12日、対岸からリオグランデ川の国境を渡ってテキサス州イーグルパスに入ろうとした避難民の女性と子供2人が溺死した。米税関・国境警備局が救出に動いたが、移民取り締まりのために川に面する公園を管理していたテキサス州兵が公園への立ち入りを認めなかったため、活動ができなかった。

2日後、米国土安全保障省はテキサス州のケン・パクストン州司法長官に1月17日までに公園への連邦当局の立ち入りを認めるよう命じ、従わなければ法的措置も辞さないと警告。だがパクストンは拒否し、「テキサスはバイデン政権の破壊的な国境開放政策に屈しない」と明言した。

分離独立を宣言すれば法的議論を呼ぶのはほぼ確実だろう。連邦最高裁は1869年の「テキサス対ホワイト」判決で州の離脱は違憲と判断。この見解に、ミラーは「合衆国憲法第1条第10節は州に禁じる行為を全て列挙しているが、離脱は含まれていない」と反論する。

英コベントリー大学のマット・クボートルップ教授(政治学)によれば「テキサス対ホワイト」判決は「法学的根拠がお粗末」で最高裁で覆される可能性がある。クボートルップは世界各地の独立運動を調査し、テキサス・ナショナリストとも広く交流。最初は彼らを「一種の極右扱いしていた」が、ダラスでの催しで、ロンドンっ子の自分に「イスラム教徒が支配する街に住むのは怖くないか」と質問した男性が退場を促され、いい意味で驚いたという。

テキサス・ナショナリスト運動(TNM)は「テクシット(テキサスのアメリカ離脱)」がスローガン TEXAS NATIONALIST MOVEMENT

彼によれば「一つ星の州」(テキサス州の俗称)は「恐らくアメリカで唯一、一体感のある場所」だ。州民投票の実現には「共和党内の政治的変化」が必要で、それに伴う法廷闘争は最高裁までもつれ込む可能性があると主張した。

非常に厳しい道のりになることは、クボートルップも認める。だが「100年前は世界の国は数十カ国だった」と語る。「今は195ほどある。新たな国家を造ることは、そこまで不可能というわけではない」

テキサスの共和党には、あからさまではないが、分離独立を意識した発言をする著名政治家も少なくない。ただしテッド・クルーズ上院議員は、まだ慎重な姿勢を見せている。

クルーズは21年11月にテキサスの独立について聞かれたとき、「まだアメリカに見切りをつけていない」と答えている。「もし民主党がアメリカを根本から破壊し、最高裁をリベラルの判事だらけにし、首都ワシントンを州に変えて、選挙を連邦政府の管轄にし、投票詐欺を大幅に拡大したら、そのときはアメリカに本当に失望するかもしれない」

右派の妄想にすぎない?

テキサス大学オースティン校のテキサス政治プロジェクトのジェームズ・ヘンソン所長は、テキサス独立論は本気で検討されているプロジェクトというより、共和党内の政治談義の1つにすぎないと語る。

ブレグジット(イギリスのEU離脱)をもじって、テクシット(テキサスのアメリカ合衆国離脱)を呼びかけるテキサス・ナショナリストたちは、「現実と懸け離れた妄想と象徴的なポーズを掲げる人々だ」と、ヘンソンは語る。「共和党の党組織は、理解不能な極論を唱える分子がたむろする場所になってしまった。ここでは一般では通用しないような話が真剣に議論されている」

それでも彼らは、「地域によっては、党を右傾化させ、テキサス独立のような非現実的な構想に注目を集めることに成功している」と、ヘンソンは懸念する。

だがTNMを率いるミラーは、テキサス・ナショナリズムは右派の大義にすぎないという見解に反論する。「独立運動を成功させるためには、本質的に超党派的な運動でなければならない」。実際、ミラーは05年にTNMを立ち上げる前、イギリスからの独立を問う住民投票を実施したスコットランドや、スペインのカタルーニャ州、カナダのケベック州など、世界各地の分離独立運動を2年間かけて研究したという。

1836年のメキシコからのテキサス独立を祝う「独立記念日」のパレード ROBERT DAEMMRICH PHOTOGRAPHY INCーCORBIS/GETTY IMAGES

しかしテキサス政治プロジェクトのジョシュア・ブランク調査部長は、テクシットがブレグジットのように平和的に起こることはあり得ないと語る。さらに、たとえ独立が実現しても新しいテキサス国政府は、政府の役割はなるべく小さくあるべきだという共和党の基本理念とは正反対の存在になるとみている。

「歴史を振り返れば、テキサスが平和的に分離独立する現実的シナリオなど存在しないことは明らかだ」と、ブランクは言う。「それに実際の仕組みを考えれば、独立論のばかばかしさにすぐに気付くだろう。テキサスは、質が高いとは言えない現在の行政サービスを提供するのにも、連邦政府の財政支援を頼りにしている。それがなくなれば、州政府の負担は大幅に拡大することになる」

テキサス独立論の盛り上がりは、アメリカ全体における政治的緊張の高まりと無縁ではない。ドナルド・トランプ前大統領の強力な支持者として知られるマージョリー・テイラー・グリーン下院議員は昨年2月、アメリカを「赤い州(共和党が優勢の州)と青い州(民主党が優勢の州)に分けて、連邦政府の役割を縮小する」という「国内の離婚」を提案して、激しい議論を巻き起こした。

ただ、その後、世論調査ユーガブとエコノミスト誌が共同で実施した世論調査では、この提案に賛成するアメリカ人は23%にとどまり、反対と答えた人が62%に達した。

カリフォルニアでも独立論

それでもグリーンが国家の分断という議論に火を付けたことは、テキサス独立論にとって「有益」だったとミラーは語る。

その一方で、アメリカを民主党が優勢な州と共和党が優勢な州に二分するという構想については否定的な考えを示した。「(アメリカは)主権を持つ50の州からなる連合だ。支持政党によって分断されたアメリカはあり得ない。究極的には(州の)自発的な連合だから、この関係を続けたいかどうかは各州が判断すればいい」

実際、独立論が盛り上がっている州はテキサスだけではない。16年大統領選でトランプが勝利したときは、「カレグジット」(民主党が優勢なカリフォルニア州の合衆国離脱)という言葉がを飛び交った。

その後、カリフォルニア大学バークレー校政府研究所が実施した世論調査によると、「カリフォルニア州が独立を宣言して、単独の国家になることを求める州民投票の実施」を支持する人は、民主党支持者の間で44%、州全体でも32%に達した。

スペインのカタルーニャ州独立運動 YVES HERMANーREUTERS

アメリカで4月に公開予定の映画『シビル・ウォー』(原題)は、まさにこうした政治的分断が悲惨な内戦につながる様子を描いている。昨年12月に公開された予告編によると、19の州がアメリカからの独立を宣言し、米軍との間で戦争を展開する。

あるシーンでは、民兵に銃を突き付けられた民間人が「われわれは同じアメリカ人じゃないか」と、民兵をなだめようとする。すると兵士は困った顔をして、「まあ、そうだけど......。問題はどういう種類のアメリカ人かってことだ」と言う。

アメリカ全体を取り巻く政治的緊張が危機に転じれば北米の政治地図を塗り替えかねないグループは、テキサス・ナショナリストなど多数存在する。30年後にテキサスは独立しているかと聞くと、ミラーは一瞬もためらわずに答えた。

「100%間違いない」

<本誌2024年2月27日号掲載>



ジェームズ・ビッカートン(本誌記者)

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