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月旅行「も」日本人が世界初 歴史的イベントは成功するか

sorae.jp 2018年9月27日 19時12分

「1990年、日本のジャーナリストが世界初の有料宇宙旅行者になった」

アメリカのワシントンDCにある、スミソニアン航空宇宙博物館。3か所ある大きな吹き抜けのホールのひとつは「宇宙開発競争」と名付けられ、アポロ計画をはじめとする世界の宇宙開発に関する展示物が並んでいる。ここにやや地味な雰囲気で置かれている黒焦げのカプセルに添えられているのが、冒頭の説明だ。

スミソニアン博物館に展示されている秋山氏のパネル。米ソ宇宙開発競争をテーマとする展示室で「世界初の有償宇宙旅客」と明記されている。(筆者撮影)

当時TBSの社員だった秋山豊寛氏は、宇宙特派員としてソ連(崩壊の前年だ)のソユーズ宇宙船に乗り、ミール宇宙ステーションを訪問した。いわばサラリーマンの出張であり、宇宙旅行というよりは職業宇宙飛行士に近いイメージがあるが、政府機関の国家事業ではない純粋な商業契約での宇宙飛行であり、「人類初の宇宙旅行」と解釈されている。

そして2018年9月18日。ZOZOで知られるスタートトゥデイ社長の前澤友作氏はアメリカのスペースX社が開発中の大型有人ロケット「BFR」の最初の旅客として、2023年に月往復旅行に旅立つと発表された。もし実現すれば世界史には、人類初の月旅行「も」日本人が行ったと記載されることになるだろう。

宇宙旅行を「国際文化イベント」に仕立てた前澤氏

秋山氏と前澤氏の間には33年の時間があった。この間に7人の宇宙旅行者が8回、個人の旅行として国際宇宙ステーションを訪問しているが、今回の前澤氏の月旅行はそれよりはるかに大きなインパクトを世界に与えるだろう。それは前澤氏が自分だけでなく、6~8名のアーティストを招待して月往復宇宙船に同乗させるからだ。

前澤友作氏は自分ひとりの宇宙旅行ではなく、世界のアーティストを月へ連れていくイベントだと熱く語った。

BFRは居住空間の容積が1000立方mもあるとされているが、これは世界最大の総2階建て旅客機、エアバスA380に匹敵する。そこに10名足らずの乗客が乗るのだから、数名の乗員が同乗するとしてもとてつもなく広い。アーティストがダンサーや演奏家であれば、無重力のステージが開かれるだろう。画家や作曲家なら、宇宙船の窓から見える地球や月をモチーフとした作品が生まれるに違いない。

前澤氏が例に挙げた世界的アーティスト。彼らが生きていて月を訪れたら何を創作するか、とイマジネーションをかきたてる。

また前澤氏はアーティストの例としてパブロ・ピカソやマイケル・ジャクソンらの名を挙げた。人種も国籍も超え、世界の文化人を月へ招くという意思表示を受け、記者会見場は熱狂に包まれたように見える。「大金持ちの個人旅行」とは全く違う、人類史に残る文化的イベントになるはずだ。

スカイダイビングするジャンボジェット

もう一人の主役、スペースXのイーロン・マスクCEOは今回、かねてより開発中の大型有人ロケット「BFR」(ビッグ・ファルコン・ロケット)の最新デザインを発表した。BFRは2段式の完全再使用ロケットで、第2段部分はBFS(BFRスペースシップ、またはBFRセカンドステージ)と呼ばれる大型の宇宙船だ。BFSの全長は55mで中型ジェット旅客機並だが、太さは9mでボーイング747やA380より一回り太い。

BFSの胴体サイズは世界最大の旅客機「エアバスA380」を少し太くして、しっぽを切り落としたほどの長さがある。

BFSは、以前の案ではスペースシャトルに似た小さな主翼を持った飛行機型に見えたが、新デザインではほぼ同サイズの3枚の翼が均等な角度で取り付けられる形に変更された。しかも2枚の尾翼は大気圏突入中に付け根から動き、機体を制御する。さらに機首にもイカのヒレのような操縦翼が追加された。

降下するBFSのシミュレーション。機首は上へ向け、進行方向に腹を向けている。

BFSの大気圏突入のイメージは、飛行機ともロケットとも違う。頭を進行方向に向けるのではなく、腹を前にして飛行するのだ。これはBFSが滑空するのではなく、大気の抵抗で減速することを主な目的にしているためと思われ、マスク氏は「飛行というよりスカイダイビング」と称している。地上が近づくとBFSは機首を上に、尻を下へ向けるように回転し、ロケットエンジンに点火して減速、着陸する。3枚の翼の先端の足で直立する姿は未来的というより、やや古めかしいSFに登場するロケットにそっくりだ。

本当に現実性のある計画なのか?

このように夢いっぱいの月往復旅行計画だが、現実的な視点で見るとかなり様子が違ってくる。

まずBFR・BFSについてよく見てみよう。BFSは非常に大きな宇宙船で、燃料と貨物を搭載した最大重量はスペースシャトルの10倍以上、史上最大の航空機であるアントノフAn-225の2倍もある。これほど大きな物体を宇宙飛行させ、これまでに例がない方法で大気圏再突入させ着陸させるのは技術的に飛躍が大きい。実験機を開発してデータを取るなどのステップが必要と思える。

さらに、地球周回が精いっぱいのスペースシャトルと異なり、BFSは月往復の飛行が可能だとしている。アポロ計画の「サターンV」ロケットは月へ47tのアポロ宇宙船を運ぶことができたが、地球低軌道へ貨物を運ぶときは110tもある第3段を省略することで、最大140tの貨物を搭載できる。

巨大なBFRはアポロ計画の「サターンV」をはるかに上回るサイズだ。

一方スペースX自身は、大型ロケット「ファルコン9」の第1段を帰還させ再使用することに成功しているものの、衛星軌道を周回してから大気圏再突入させた経験は無人貨物船「ドラゴン」のみ。有人の「ドラゴン2」は現在開発中で、飛行試験が遅れている。もちろん新興企業でここまで到達したのは空前の快挙だが、超大型宇宙船BFSとは技術的な難しさの桁が違う。

BFSの発表は「コンセプトカー」

このような宇宙船をあと5年で開発し、商業的に乗客を乗せるというのはもはや空想と言うべきだろう。今回発表されたイメージCGでは乗客スペースに広大なドーム状の窓が設置されていたが、地球上の航空機ですら実現していないものが大気圏突入に耐えるというのも、それだけで無理がある。これはモーターショーに展示されるコンセプトカーのような「こうだったらいいね、無理だけど」という感がある。

飛行機でも実現していない巨大な窓を持つBFS。このような光景が見られれば確かに素晴らしいが。

さらに、イーロン・マスクCEOはBFRの開発費を50億ドル(約5500億円)ぐらいだろうと発言したが、これも常識的に考えて桁が違う。日本で開発中のH3ロケットはBFRに比べればはるかに小さく使い捨て型だが、開発費は1900億円。またBFRに規模が近いNASAの新型使い捨てロケット「SLS」の開発費は2兆円と見込まれている。完全再使用のBFRがSLSより安く開発できるとは到底考えられない。

それでは今回の発表は眉唾なのだろうか?そうとは言えない宇宙ビジネスについて、後編で解説する。

Image Credit:SpaceX

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