1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 国際
  4. 国際総合

アングル:デジタル福祉導入のセルビア、締め出される最貧困層

ロイター / 2023年9月5日 16時6分

 8月29日、ベオグラード出身のシングルマザー、ジョバナ・アンジェラさん(43)はこれまで、料理人や清掃員からツアーガイドまで、さまざまな職種をこなしてきた。写真は夜の公園でベンチに座る男性。1月、ベオグラードで撮影(2023年 ロイター/Marko Djurica)

Adam Smith

[ベオグラード 29日 トムソン・ロイター財団] - ベオグラード出身のシングルマザー、ジョバナ・アンジェラさん(43)はこれまで、料理人や清掃員からツアーガイドまで、さまざまな職種をこなしてきた。それでも生計を立てるには生活保護に頼る必要があった。ただ、昨年、セルビアで新たにデジタル福祉システムが導入されると、アンジェラさんは制度から締め出されてしまった。

セルビア政府は昨年、ソーシャルカードシステム(社会保障カード)の発行を開始した。生活保護をより公平なものにし、不正行為を防ぐ制度だと歓迎されている半面、アンジェラさんのように手当が受け取れなくなってしまった低所得者がセルビア国内に何千人もいると反貧困活動家は指摘する。

毎月1万セルビア・ディナール(約1万3500円)の生活保護を受け取る権利があると話すアンジェラさんは、ソーシャルワーカーに助けを求めた。だが、何の説明も得られず、決定に異議を唱える手段も示されなかったという。

「(ソーシャルワーカーには)政府が発行したソーシャルカードを信用している、と言われた。それだけだった。私には、なすすべがない」とアンジェラさんはトムソン・ロイター財団に話した。

「涙が出てきた。衝撃を受けたからだ」

アンジェラさんは複数の短期季節労働や職業校訓練の助成金が定期的な収入として誤って登録されており、それが原因で生活保護システムから削除されてしまったと推測している。

地元の非営利組織「A11」によれば、ソーシャルカード法が施行された2022年3月以降、全体受給者の約15%にあたる最大2万7000人が生活保護プログラムから排除されているという。この推測は政府のデータに基づいている。

受給者の減少について、政府は経済が上向いたことを反映しているとの見方を示している。一方、野党政治家や支持者らは、新たに導入されたデジタルシステムが影響していると指摘。少数民族ロマのコミュニティーやホームレスなど社会から疎外されている人々をリスクにさらしていると警鐘を鳴らした。

「自助でどうにかしなくてはならない、というメッセージだ」とグリーン・レフト・フロント党(ZLF)のビルジャナ・ジョルジェヴィッチ議員は言う。ジョルジェヴィッチ氏は7月、ソーシャルカードが「事実上、社会保障権利の侵害」を引き起こしかねないとしてセルビアの憲法裁判所に訴状を提出した。

この裁判の審理がいつ行われるかは、明らかになっていない。

セルビア政府にコメントを要請したが、返答は得られなかった。政府はこれまでに、新たなシステムは「最も社会的危機にひんしている集団へのより公平な分配、より良い生活保護制度の管理を可能にするものだ」としている。

<データ収集>

非営利組織の批判の多くは、新システムが個人データを集め、生活保護受給の査定に使用する方法に関するものだ。

同システムは多くの国家機関から130件のデータを収集している。ただ、受給者はこうしたデータがどのように使われているか知らされず、拒否することはおろか、明らかな間違いがあっても訴える手段はとても少ない、と批判する声もある。

国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」は4月の報告書では、間違っていたり最新ではない情報が使われるリスクがあるとしてデータ収集の規模を批判した。

同報告書によると、生活保護が廃止された人々の多くは、「電子データベースの情報について一般的な記述はあるものの詳細な内容は含まれず、また、情報を説明したり修正する機会を申請者に与えない」内容の書簡を受け取っている。

アンジェラさんのケースでも見られる通り、システム上の誤りを正すソーシャルワーカーのサポート体制が整っていないと人権団体は指摘する。

政府は昨年、ソーシャルカードシステムは「事実を法的に確認する情報源」に過ぎないとして、生活保護の申請が「アルゴリズムによって決定されている」との批判を退けた。

<デジタル福祉国>

デジタル福祉国家への移行は社会的弱者にとって、さらに重い負担になっていると活動家らは指摘する。問題が起きても対処するための手段が少ないためだ。

これは決定を覆すよう訴えるために費やせる時間や資金が少ないほか、インターネットなどの情報サービスへのアクセスが限られていることにも起因している。

また、彼らが福祉の受け取り手側に偏っていることも一因だ。

国連児童基金(ユニセフ)は2019年、セルビアで暮らすロマ族家庭のうち84%が何らかの形で生活保護を受け取っていると推定している。

ベオグラードから23キロほどの郊外にある集落ジャルキ・リトでは現在、生活保護を受給しているロマ族の女性ナジャさん(36)がシステムから締め出される可能性を懸念している。

「私たちは、請求書の支払いをするか、生きるかのどちらかを選択しなければならない状況にしばしば陥っている」とナジャさんは言う。周囲に集まっていた子供の一人は、画面の割れた古いスマートフォンで動画を見ていた。

ナジャさんは調理や石けん製造向けにカタツムリを採集・販売している。こうしたロマ族の受給者の多くは、少しでも収入があればソーシャルカードシステムで生活保護が廃止されてしまうのではないかと恐れている。

匿名で取材に応じた別のロマ族の女性(42)は、夫が電気窃盗で服役中にもかかわらず就労可能であると判断され、生活保護が打ち切られてしまったと明かした。女性の夫は、少なくともあと半年は釈放されないという。

「ここにいる多くの人々は、生活をするお金がない」と彼女は話した。

こうした問題が起きないよう、本来はソーシャルワーカーが個々の申請者について決定できる立場にあるべきだが、人手不足や過重労働、さらには時としてシステムへの理解不足が重なり、役職を全うできていない、と専門家は指摘する。

「受給者の置かれている状況の変化は直ちに記録され、ソーシャルワーカーは再調査を行うよう警告を受ける仕組みだ。評価は従来、定期的に実施されてきた」とベオグラード大学で社会政策を研究するナタリア・ペリシッチ教授はメールで述べた。

「現在のシステムはより公平なように聞こえるが、実際はそうではない。もし受給者がひと月の間に少しでも稼いでいれば報告され、翌月には何も受け取れなくなってしまう」

前出のジョルジェヴィッチ氏はこうした問題から、生活保護や医療、教育といった社会保障制度をデジタル化することによる影響を懸念する声が高まっていると言う。

<繊細な個人データ>

ソーシャルカードシステム上で集められた130件のデータの中には、受給者の性的指向や国籍など扱いに注意を要する個人情報も含まれているとデジタル人権活動家は話す。

また、内務省や税務署、雇用サービスなど他の国家機関が保有するデータを利用することから、生活保護受給者が国家に監視されるリスクも高まるという。

「政府サービスにおける個人データ保護は、この国ではあまり高いレベルにない」とA11でプログラムコーディネーターを務めるダニーロ・クルチッチ氏は言う。

活動家らはソーシャルカードシステムのコードを公開するよう求めたが、政府は「省の機密事項」だとして要請を拒否した。

前述のアンジェラさんは現在、20平方メートルのアパートで息子と共に暮らしている。生活保護が廃止されて以降、友人からお金を借りることを余儀なくされているという。アンジェラさんは決定に抗議できるようになればと望んでいる。

「私はただ、ストレスを軽くし、電気代を支払い、一息つく間を持つために、政府から少しの助けが欲しいだけだ」

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください