歴代首相4人輩出の「保守王国」群馬に異変、何が起きた? 前橋市長選で現職完敗、衝撃の背景探る
47NEWS / 2024年3月3日 11時0分
今年2月4日夜、群馬県の県庁所在地で衝撃が走った。この日投開票だった前橋市長選で、野党系の新人が自民、公明両党推薦の現職を大差で破り、初当選したからだ。群馬は歴代首相4人を輩出し「保守王国」と呼ばれる。今回起きた異変は、今も尾を引く。
自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件、前回2020年の市長選で保守分裂したしこり―。さまざまな敗因が指摘される中、一体何が起きたのか。現職が完敗した背景を探った。(共同通信=岩沢隼紀)
▽くすぶる保守分裂の火種
昨年9月12日、前橋市議会の本会議場。現職の山本龍氏(64)は今年2月の任期満了に伴う市長選へ4回目の当選を目指し、出馬の意向を表明した。「まだやり残したことがある。これからも続けたい」
この出馬表明を受け、焦点は自民党群馬県連の対応へ移った。なぜなら前回2020年2月の市長選は保守分裂選挙となったためだ。
前橋市議会で市長選への出馬を表明する山本龍氏=2023年9月12日、前橋市議会
前回の市長選に出馬した6人のうち、山本氏を含む3人が自民党籍を保有。県連はいずれにも推薦を出さず、自主投票を決めた。結果は、山本氏が3選を果たし、次点だった自民党の元県議の岩上憲司氏に約1万票差をつけた。
前回の市長選直後、保守分裂のしこりは市議会内に表れる。選挙戦で岩上氏を支援した市議の一部が、市議会の新会派「前橋高志会」を結成。市政運営を巡り、山本氏と目立った対立は見られなかったものの、分裂の火種はくすぶり続けた。
こうした状況を踏まえ、山本氏も4選を狙うに当たり、高志会に協力を要請。高志会内も「今回は一枚岩だ」として異論は出ず、自民党県連も昨年10月、山本氏の推薦を決めた。公明党県本部や多数の業界団体も山本氏を推薦し「オール保守態勢」の構築が進んだ。
▽リベラルのエースが出馬
3期12年の実績を持つ現職に対し、野党側の動きは必ずしも早くなかった。山本氏の出馬表明から2カ月半後の昨年11月26日。群馬県議会の野党系会派「リベラル群馬」に所属する新人の小川晶氏(41)が、今回の前橋市長選への立候補を明言した。「市民が納得できる市政をつくりたい」
前橋市長選への出馬を表明し、記者会見する小川晶氏=2023年11月26日、前橋市
小川氏は昨年4月の県議選の前橋市選挙区(定数8)でトップ当選。2011年の初当選以来、4回の当選を重ね、保守地盤が強い群馬で「リベラル系議員のエース」(立憲民主党県連幹部)として将来を嘱望された存在だった。
今回の市長選に向け、小川氏は「市民党」を掲げる。特定の政党に推薦を求めない代わり、立憲民主、国民民主両党を支持する連合群馬の推薦や、共産党前橋地区委員会などでつくる市民団体「民主市政の会」の自主的支援を得た。
民主市政の会は1980年代から続けてきた独自候補擁立の見送りを決定。理由は現職に対する批判票の分散を防ぐためだ。関係者は「市政刷新を見据えた大局的な判断だ」と語った。
こうして今回の市長選は、事実上の与野党対決の構図が固まった。
▽潮目変えた「種まき」
群馬県は強固な保守地盤に支えられ「保守王国」と称される。自民党は2012年衆院選から4回連続で県内5小選挙区を独占した。これまでに福田赳夫、中曽根康弘、小渕恵三、福田康夫各氏の計4人の首相が誕生した。
県庁所在地の前橋市は、県内でも郡部に比べ無党派層の割合が高いとされる。それでも、自民党県連関係者は今回の市長選に自信を見せた。「山本氏が1万票差で勝ちきれる」
これに対し、小川陣営は「今のままでは、小川氏が1万票差で負ける」と認めつつも、こう付け加えた。「今まいている種が芽を出さなければね」
次第に「種」の正体は明らかになる。昨年12月末、山本陣営に重苦しい空気が広がった。「小川氏支持に一部の保守層が回っている」
山本陣営の関係者は「前回と同様、今回の市長選も保守分裂選挙となり、厳しい展開が予想される」と懸念。潮目が変わった瞬間だった。
前橋市役所=2月24日、前橋市
▽伏線は12年前の確執
伏線は、山本氏が初当選した2012年の前橋市長選までさかのぼる。当時の現職は高木政夫氏。群馬県議会議長を経て、2004年から市長を2期務めた重鎮だ。
2012年市長選も保守分裂選挙で、初当選の山本氏と落選の憂き目に遭った高木氏との確執が生じた。これに加え、前回2020年の市長選も保守分裂により、元県議の岩上氏が山本氏と対立し、落選した。
小川陣営は過去の市長選を巡る経緯に着目。高木、岩上両氏を支持する保守層の取り込みを急いだ。「敵の敵は味方」との発想だ。陣営関係者は「今回の市長選も保守票の行方が勝敗を決する」と強調した。
▽自民批判控える作戦が奏功
対する山本陣営は、各勢力が結集した小川陣営にくさびを打ち込む。今回の前橋市長選告示まで約2週間となった今年1月13日。山本氏は自身のX(旧ツイッター)に「共産党と連携する政治に前橋を任せられない」と投稿した。
狙いは「共産党アレルギー」に敏感な保守層を小川氏支援から引きはがすためだ。「一定の効果はあった」(山本陣営)ものの、保守層をつなぎとめる決定打とならなかった。
前橋市長選告示中、地域の集会で政策を訴える山本龍氏=2月1日、前橋市
一方、小川陣営の戦略は対照的だった。保守層を含む幅広い支持層への浸透を見据え、自民党批判を抑制。派閥の裏金事件への言及を控えた。
代わりに小川氏は、山本市政3期目に起きた前橋市の元副市長による官製談合事件に触れ「クリーンな市政への刷新」を主張。「初の女性市長誕生」をスローガンに、子育て支援施策の拡充などを訴えた。
この戦略が奏功し、有権者の中には山本氏の会合へ参加しつつ、小川氏に投票した「面従腹背」(小川陣営)の人もいたという。2月4日夜、小川氏の初当選が確実になると、陣営幹部はこう述べ、胸を張った。「われわれの作戦勝ちだ」
前橋市長選で小川晶氏の陣営が作製したポスター=2月25日、前橋市
▽低投票率でも圧勝、地殻変動か
今回の前橋市長選は投開票の結果、小川氏6万0486票、山本氏4万6387票。小川氏が山本氏に約1万4千票差をつけ圧勝した。とはいえ、有権者の関心が高まったわけでなかった。
投票率は39・39%。前回の市長選より3・77ポイント下回った。一般的に低投票率なら、現職の山本氏が優勢となるはずだ。なぜなら3期12年の実績と組織力があるからだ。
2月14日。山本氏が市長として最後となる記者会見に臨んだ。会見の終盤、報道陣から問われるわけでもなく、こう切り出した。「中央政界も自己浄化できていない。身を切る痛みを示さないと、この地殻変動は止まらない」
発言は自民党派閥の裏金事件を念頭に、今回の市長選への影響を示唆したとみられる。
自民党群馬県連幹事長で県議の井下泰伸氏も、自民党が惨敗し政権から転落した2009年衆院選を引き合いに「謙虚に声を聞く姿勢が有権者に伝わらなければならない。政権交代で学んだはずだ」と警告する。
前橋市長在任中の最後の記者会見に臨んだ山本龍氏=2月14日、前橋市役所
▽「王国」の不敗神話が崩れる
山本氏の敗因分析は他にもある。群馬県の山本一太知事は自身のブログで、支援した山本陣営に「油断と慢心」があったと指摘。自民、公明両党の推薦を取り付けた直後から「特に強まった」と書き込んだ。
自民党県連幹部は「有権者が10年超も続く現市政に閉塞感を抱いた」と総括する。
前橋市役所で当選証書を受け取った後、あいさつする小川晶氏=2月5日、前橋市役所
国民の政治不信が自民党派閥の裏金事件で高まり、岸田内閣の支持率は低迷したままだ。自民党筋は来たる国政選挙を意識し、警戒を強める。「保守地盤で不敗神話が崩れた。『前橋ショック』が全国各地で生じかねない」
小川氏は2月28日、新市長に就任した。1892年の市制施行以来、初めての女性市長となった。
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