バブルに踊った「雪国」の舞台、1室数千万円だった豪華マンションが今や10万円 「東京都湯沢町」とも呼ばれた人気リゾート地の現在
47NEWS / 2024年4月11日 10時30分
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった―。川端康成の小説「雪国」の舞台として知られる新潟県湯沢町。バブル景気の狂乱に巻き込まれた山あいの温泉街はスキーブームにも乗って、高層マンションが立ち並ぶ近代的なリゾート地へと一変した。
昭和末期から平成の初めにかけ、首都圏から猛然と押し寄せたヒトやカネは地域に何をもたらしたのか。東京からの交通の便が良く「東京都湯沢町」とも呼ばれた「楽園」の今を現地で追った。(共同通信=中尾聡一郎)
▽豪華マンションが「捨て値物件」として取引
1室10万円。超高級ホテルでは1泊分にも満たないような金額だが、現在の湯沢町ではマンションが買えてしまう。苗場地区に物件を抱えるオーナーは「分譲時は数千万円した部屋が今は二束三文。10万円でもなかなか売れない」と一向に上向く気配がない取引の実情を明かし、ため息をつく。
地元不動産会社のホームページにはいわゆる「捨て値物件」の売却情報が複数掲載されている。例えば別荘そのものは10万円で買えても、管理費などで毎月数万円の経費を払い続ける必要がある。中古でも1億円を超える値が付く東京都心のマンションとは対照的に、湯沢町では多くのオーナーが所有価値が著しく低下した「負動産」の後処理に苦しむ。
廃虚となったリゾートマンション=3月14日、新潟県湯沢町
湯沢町によると、町内のマンションは57棟に上り、戸数は計1万4665戸。30階建て以上のタワーマンションも4棟そびえ立つ。人口約8千人の町の規模と全く釣り合わず、需要と供給のバランスが崩れている。
開発の勢いはすさまじかった。1980年代半ばから町役場でデベロッパーの対応に当たった元町職員の高橋英夫さん(74)は「昼休みも取れないほど建築に関する問い合わせがひっきりなしに来た」と話す。
1970年代から80年代半ばまでは年1、2棟のペースで建てられたマンションが、89年度に10棟、バブル崩壊時の90年度には15棟にまで膨れあがった。高橋さんは「都市銀行に余りまくっていたカネが、地方の乱開発を誘発する異常な時代だった」と振り返る。
新潟県湯沢町でインタビューに応じる元町職員の高橋英夫さん=3月14日
上越新幹線や関越道の開通といった交通インフラの整備で、旅行客が東京とすぐに行き来できるようになり、スキーブームも絶頂を迎えていた。都内の地価上昇で事業機会が減った大手デベロッパーや商社が相次いで湯沢町に進出。ウオータースライダー付きのプール、大浴場、ビリヤード場、ディスコといった“ナウい”設備を備え、物件の豪華さを競い合った。ミニ東京のような光景に「東京都湯沢町」という造語まで生まれる始末だった。
新潟県湯沢町に建てられたマンション「ファミールヴィラ苗場タワー」の分譲時のパンフレット
代々受け継いだ田畑や山林を売って数億円の売却益を得る町民も現れた。「土地を売ってくれという人が入れ代わり立ち代わりやってきた。まだ値上がりすると思って待っていたら、バブルがはじけて営業はなくなったが…」。ある地主の男性は当時を懐かしむ。
バブル崩壊後は、日本経済の失速と歩調を合わせるように湯沢町のマンションも冬の時代に入った。「今となっては笑い話」(地元住民)の超高層タワー構想も開発業者の撤退で消え、1993年度の2棟を最後に現在に至るまで新たな物件の建設はない。スキー客の来訪が鈍り、マンションの価値はつるべ落としに下がっていった。
新潟県湯沢町のリゾートマンションとスキー場=3月14日
▽定住、修繕、投資。町にはメリットも
廃虚化した物件はいくつかあるものの、全体として建物は良好に維持されている。湯沢エリアでマンション約5600戸を管理するエンゼル不動産の新保光栄社長(61)は「純粋な投資目的の人は逃げ足が速かったが、今の所有者の多くは湯沢が好きな人。1年間全く使わないという人は1割もいない」との見立てだ。売却で身軽になりたい人はいるが、管理不全による問題は生じていないとも話す。
共用のプールや大浴場といった設備が見直され、マンションで暮らす定住者が増えている。町が統計を取り始めた1997年には178人だったが、足元では1700人超と10倍に。町の人口のおよそ2割が住む計算だ。
ある男性(84)は新潟市の一戸建て住宅を賃貸に出して、自身は30万円で買った湯沢町のマンションで生活する。「家の雪下ろしをしなくてもいい。住民間のつながりも薄く、独り身には気楽でいい」。縁もゆかりもない湯沢町に移り住んで既に12年。悠々自適の1人暮らしに満足げだ。
新潟市から移り住んできた84歳の男性が暮らすマンションの室内=3月14日、新潟県湯沢町
きちんと手入れして、物件の価値を高めようとする所有者もいる。苗場地区のランドマーク、30階建ての「ファミールヴィラ苗場タワー」に2部屋を持つ東京都の会社員田野雄二郎さん(65)は「大自然に囲まれており、リモートワークには最高の場所だ」と絶賛する。管理組合の理事長として率いる大規模修繕の工事では、外壁を断熱化して居住環境を高める計画だ。先進的な事例として、国も補助金で支援する。
低層階の住戸が1戸数十万円で売りに出されるなど市場での評価はさえないが、田野さんは「マンション各部屋のオーナーは苗場のことが好き」と代弁する。「嘆いていても始まらない。修繕や管理を徹底して、価値を高めることが大切だと思っている」と話す。
30階建てマンション「ファミールヴィラ苗場タワー」=3月14日、新潟県湯沢町
民泊化して収益を狙う動きも出てきた。マンション密集地区にある「エンゼルリゾート湯沢」では、全130室中約50室が民泊として運用されている。家族で訪れたフィリピン人の女性は「観光で5日間滞在する。湯沢は初めてで、スキーを楽しみに来た」と笑顔で語る。
管理会社によると、スキーシーズン以外も「工事関係者が1カ月単位でまとめて借りていく」(担当者)といった需要があり、稼働状況は上々だ。2部屋に投資する会社員の男性(41)は「東京と新幹線で直結し、日帰りで行き来できるという湯沢町のポテンシャルは高い」と言い切る。
エンゼル不動産によると、北海道ニセコ町や長野県白馬村のような海外客中心のリゾート地に発展すると見込み、マンションの購入に関心を示す人もじわじわと増えてきた。湯沢を拠点に30年以上にわたって不動産ビジネスに携わる新保社長は「町には固定資産税もたくさん入った。全体としては(同じ温泉街の)熱海などと比べても遜色のない開発になったと思う。地元への経済的なメリットは大きかった」と言う。
エンゼルリゾート湯沢の一室。民泊として運用されている=3月14日、新潟県湯沢町
▽バブルの遺物、資産か負債か
林立するリゾートマンションを地元自治体はどう捉えているのか。湯沢町企画観光課の富沢雅文課長は「今あるストック(資産)が有効に活用されるよう手を打っている」と話す。移住・定住の支援やマンション住民の交流を後押しするなどの事業を通じ、町に滞在する人を増やそうとしている。
地元で働く人の生活拠点としてマンションの存在はプラスに働く。首都圏に拠点を置くIT企業4社が湯沢町に進出することが決まり、さらなる移住の促進も期待される。その際に障壁となるのが従業員の住環境だが、既に整っている、というわけだ。富沢課長は「行政としても、リゾートマンションは大きな資産だと認識している」と説明する。
リゾートマンション内のプール=3月14日、新潟県湯沢町
ただマンション対応の最前線にいた元町職員の高橋さんはOBとして町の行く末を案じる。当時若手、中堅職員だった高橋さんらが話し合った「将来に起こり得る危機」のうち、町外からの住民の増加による地域共同体の弱まりや、マンション住民の高齢化といったいくつかの想定が現実になってきたと感じている。
少子高齢化や過疎化といった全国共通の課題に加え、町にはリゾートマンションが抱える負の側面、固定資産税の滞納やマンションでの孤独死といった問題ももたれかかる。
バブルが崩壊した1991年から33年。一時4万円を超えた日経平均株価や都市部の地価高騰、賃金の大幅な引き上げなど、日本が新たな熱狂に向かおうとする中、湯沢町は「バブルの残像」と今も向き合い続けている。
新潟県湯沢町の苗場地区に立ち並ぶリゾートマンション=3月14日
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