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“創業400年超の酒屋”の家系に生まれた若社長が「お酒は苦手だった」のに家業を継ぐことになったワケ

文春オンライン / 2025年1月11日 11時10分

“創業400年超の酒屋”の家系に生まれた若社長が「お酒は苦手だった」のに家業を継ぐことになったワケ

©山元茂樹/文藝春秋

 2024年12月、ユネスコ無形文化遺産に日本の「伝統的酒造り」が登録されることが決定された。400年続く老舗酒屋「豊島屋」の家系に生まれ、「飲むみりん」など斬新な商品を企画する「神田豊島屋」の若社長・木村倫太郎さん(37)も登録決定に喜ぶ。

 しかし、木村さんはもともとお酒が苦手だったという。なぜ、お酒が苦手なのに家業を継いだのか? そして「豊島屋」が生んだ「誰もが知っている日本文化」とは? 話を聞いた。

◆◆◆

お酒はあまり得意じゃなかった

――日本の「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産への登録が決定しました。創業400年超の老舗酒屋「豊島屋」の流れを汲む酒屋の店主として、どう感じましたか。

木村さん(以下、木村) 数年前から「登録されるかもしれない」という噂は聞いていたので、今回のニュースは率直に嬉しいですね。2013年に和食が同様に登録されたときは、海外からの注目もあって和食業界が盛り上がっていたので、日本酒もそうなってくれればいいなと。今回は麹を使った酒造りが登録対象になっていて、日本酒や焼酎、泡盛が代表的ですが、豊島屋酒造は東京で唯一「みりん」を作っているメーカーなので、日本酒と同時にみりんも盛り上げていきたいです。

――木村さんは現在37歳。若くして社長をされていますが、元々会社を継ぐ予定はなかったと聞きました。

木村 この神田豊島屋は元々母の会社でした。母からは会社を継がせる気はないと言われていたし、それまでお酒はあまり得意ではなかったので、継ぐなんて思ってもみませんでした。父は技術系の会社を経営しているのですが、とあることがきっかけで父の会社を継ぐことも諦めてしまいました。

――どうして諦めてしまったのですか?

木村 父は典型的なモノづくりの人で、仕事の合間に机や椅子などを作ったり、DIYがとても得意でした。私も小学校のときから手伝わされてきたんですが、あるときベランダを作ると言い出して、20平米はある巨大なものをほとんど一人で作り上げてしまって。それを見たときに「なんでこんなことできるの?」と聞いたら、「いや、なんとなく工事現場見ていたら分かるじゃん」と言われてしまって。なので、この人の会社を継ぐのはやめようと思いました。こんなすごい父親と比べられたらたまったもんじゃないなと(笑)。

――家業ではなく、どんな道に進もうと?

リーマンショックで狂った社会人生活

木村 父には勝てないからサラリーマンになろうと思い、大学卒業後は人材会社に就職しました。ですが、入社前にリーマンショックが起こり、会社の方針で入社してすぐに関連会社へ出向することになりました。結局内定した会社では1秒も働くことなく、出向先でもモチベーションが上がらない日々でした。「このままではダメだ」と思い1年で退社し、青山学院大学のMBA(経営管理修士課程)に進むことにしました。

――MBAではどんなことを?

木村 マネジメントゲームという授業があって、たとえば「時計会社を経営せよ」というお題が与えられて、どの国の市場にどの時計をいくらで売るか、マーケティング費にいくらかけるかということをエクセルに入力していくんです。すると、今期のあなたの利益はこうでしたと成績がかえってきて、それぞれの数値を決めた理由を説明する場があるのですけど、その相手が一部上場企業の役員や部長級の人で、ガンガン突っ込んでくるんですよ。その授業はうつ病になったり救急車で運ばれる人が出るほど厳しいものでした。

母が倒れ、家業を継ぐことに

――MBAを出てからは?

木村 建設系の企業に就職しました。MBAでは経営を徹底的に学びましたが、まだ経営者側に回るのは早いかなと。10年くらいはその会社で働こうと思っていたのですが、急遽母の会社を引き継がなければいけなくなり3年ほどで退社しました。

――なぜ急に家業を継ぐことに?

木村 実は母が病で倒れまして、先は長くないかもしれないという母の考えもあり、継ぐことになりました。母からいろいろな書類の場所を聞きながら、どうにかして会社を回そうと必死でした。そうして会社の歴史とかを色々と調べていくうちに、400年続く由緒ある会社なのだということをこのとき初めて知りました。

――歴史ある会社を引き継ぎ、苦労があったのではないですか。

木村 やはり職人たちが中心の会社なので、彼らと会話ができるレベルまでお酒の知識を集めるところからでしたね。しょっちゅう酒蔵などに顔を出してコミュニケーションを取ることを意識していました。

――元々お酒はあまり得意ではなかった。

木村 全く飲めないわけではないんですけど遺伝子的にはかなり弱い方で、私の姉なんかチョコレートボンボン1個でもう顔が真っ赤になるほどの弱さです。多分こういう家に生まれていなかったらお酒関係の仕事には就いていなかったでしょうね。

――お酒が苦手だから、そういう人も楽しめるみりん作りを始めたのですか?

木村 それもひとつの理由ですが、一番大きなきっかけは日本酒の営業でフランスのパリに出張したときの体験です。フランスでは、老若男女関係なく結構甘いお酒が飲まれていて。日本でも甘いお酒といえば梅酒がありますが、梅酒ってすごくお砂糖を使うんですよ。だったら砂糖の代わりに健康的な麹の甘味を使ったみりんにチャンスがあるんじゃないかと思ったんです。

「飲むみりん」とは?

――そうして「飲むみりん」を開発されたわけですが、世間一般にはみりんはまだ調味料としてのイメージが強いですよね。

木村 「おいしいみりん」を作ることには自信があったのですが売るとなったらまた別で、料理用としてのみりんのイメージを180度変えなければいけませんでした。みりんってじつは洋酒との相性も良くて、そこでまずはバーテンダーの方々に使っていただくことにしました。バーテンダーの方々って本当に勉強量や練習量がすさまじくて、皆さんが想像もしなかったような飲み物をつくってくれる。そういうところから徐々に一般の方に受け入れやすいようなところに落とし込んでいければと考えてます。

――業界ではかなり高い評価を得ていますね。

木村 世界三大酒類コンペティションの全てでメダルを受賞させていただき、世界的に有名なバーや高級ホテルバーにも使っていただきました。あとに残らないすっきりとした甘さと麹特有の香りが好評です。じつは、江戸時代には焼酎とみりんを1対1で合わせて飲むという、今でいうカクテルの原形みたいなものがあったんです。そうした歴史的な背景も踏まえつつ、上手く皆さんの持つみりんのイメージを変えていきたいですね。

――豊島屋(※)発祥の文化も多くあるそうですね。

木村 鏡開きはそのひとつです。まだ戦が多くあった時代は「これから戦に行くぞ」と鏡開きをして、そこでみんなでお酒を飲んで士気を高めていたそうです。ですが江戸時代になると戦がほとんどなくなったので、私のご先祖様が鏡開きの文化が結婚式などの祝い事に使えると考え、復活させたそうです。また、豊島屋は当時から革新的な販売方法をおこなっていました。

※現・(株)豊島屋本店

「居酒屋」は豊島屋が発祥とされる

――革新的な販売方法とは?

木村 元々日本ではお酒は買って家で飲むものでしたが、酒造さんごとにだんだん味の違いが出てくるようになると酒屋で試飲をしたいという声も出てくる。そこでつまみの田楽も出すようになったのが豊島屋です。「居酒屋」という言葉が初めて登場した数十年前に、「豊島屋が面白いことを始めた。軒先につまみを出して酒を勧めている」という記述の文献があって、豊島屋が居酒屋の発祥ではないかと言われているんですよ。革新的な販売方法が評判で「江戸商人十傑」にも選ばれていて、8代将軍・徳川吉宗がおこなった享保の改革では、米の価格相場を調整する重役を担ったそうです。

――江戸時代の文献には度々豊島屋が登場していますね。

木村 「江戸名所図会」という江戸時代に描かれた、今で言う観光ガイドブックがあるのですが、そこには「鎌倉町 豊島屋酒店 白酒を商ふ図」として、3月のひな祭りの日に白酒を販売している様子が見開きで紹介されています。豊島屋酒造では今でも白酒を造っていますが、江戸時代はあまり女性がお酒を飲める時代ではなかったんです。それでも1年に1回くらいは女性がお酒を飲んでもいいじゃないかと私のご先祖様は考えて、女性をイメージして白くて甘いお酒を造ってみたらそれがすごく好評で文化として定着していったようです。

――400年の歴史ある会社で新しい商品を作り続ける理由は。

木村 お酒ってある意味ロマンだと思っていて、最新の技術を使えばいろいろとおいしいものが作れると思っています。でも、これまで先人たちが積み上げた苦労や努力の積み重ねを、お酒で味わうことで楽しむ方もたくさんいらっしゃると思うんです。なので私は「温故知新」を仕事のテーマにし、古いものを大切にしつつその上に新しいものも作っていこうという気持ちで、日々取り組んでいます。

(佐賀旭)

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