「承認欲求にはきりがない。満たされないとすごくつらい」村山由佳が“官能を禁じ手”に描いた“文壇お仕事小説”が面白すぎる!【還暦の新境地】
文春オンライン / 2025年1月10日 11時0分
“承認欲求”を描いた村山由佳さん
恋愛や性愛を突き詰めた村山由佳さんが、新作小説『 PRIZE―プライズ― 』で書いたのは「作家の業」だ。“直木賞が欲しい”という渇望が、50がらみの人気女性作家を空回りさせていく。編集者や先輩作家への要求、そして伴走する編集者も賞を目指して一線を越える怒涛の展開の先に、壊れた人々はどうなってしまうのか。仕事をする全ての人に贈る究極の波乱小説、『PRIZE』についてのインタビューを『 週刊文春WOMAN2025創刊6周年記念号 』から一部編集の上、ご紹介します。
創作者の“業”を正面から見据えた作品を書いてみたかった
―主人公の作家・天羽(あもう)カインの書店でのサイン会から幕が上がりますが、なぜ創作者の“業”をテーマに小説をお書きになったのでしょうか。今まで文学賞をめぐるユーモア小説はありましたが、直木賞が欲しいと正面切って、しかも書くことを突き詰めた小説はありませんでした。
村山 承認欲求にはきりがない。きりがないことは分かっているけれど、でもやっぱり一度は自分の思っている正しい認められ方をしたい。そこが満たされないとすごくつらい。私も経験があります。作家生活も31年目に入ったのですが、その欲求を正面から見据えて、自分の傷を広げながら書いてみたいという目標がありました。
もちろん、作家として文学賞のために仕事をしているわけではないけれど、くれるならば大歓迎。その気持ちをきっちり書けば、手ごたえのあるドラマになると思ったんです。文学賞というと作家に限りますが、世間の賞賛や、会社内での評価が欲しいというのは、あらゆる仕事をする人、アーティストにとって共通したものなのではないでしょうか。
―村山さんはご自身の承認欲求は強いとお感じですか。
村山 そうですね。私は相当強いと思ってるんですけど、話を聞いてみると、決して私だけじゃない。最近だと、兵庫県知事選をめぐるPR会社への報酬が問題になっている件で、会社代表がウェブに投稿した内容から「承認欲求を感じる」と話題になりました。承認欲求は本当に度し難いですよね。でも承認欲求があるから努力できるわけだし、良い面と悪い面の両方がある。ただそれが空回りすると、本人も周りもしんどい。
自分が作家に擬態してるだけだと思っていた
―これまで『ダブル・ファンタジー』『放蕩記』『ミルク・アンド・ハニー』で自身の承認欲求をみつめ、今回は創作上の承認欲求を描いたと言えます。賞を取りたいという作家の心に深くダイブしています。
村山 こうしてみると承認欲求のお化けのようですね(笑)。今挙げてくださった3作品などで生来の自分自身への承認欲求を書いてきて、『ミルク・アンド・ハニー』のラストあたりで割合と決着がついたところがあったんですね。現実に今のパートナーとの生活が、落ち着いたものであることも大きく作用はしているんですけど。
ところが、まだややこしく蠢(うごめ)いてるものはありました。それは生活と両輪で走ってきた仕事の面です。謙虚なふりをしているようで嫌な感じに受け取られそうですが、私は自分のことをずっと認められずにきたんです。
母親の前でいい子のふりをしたり、男の前でいい女のふりをしたりするのと同じように、私は、自分が作家に擬態してるだけだと思ってきました。こう書いたら人が感心してくれるだろうという文言を、才能のあるふりをしてトレースするのが上手なだけなのに、なんで誰もそれを見破らないのだろうと。作家になって以来、それが一番しんどくて、いつバレるか怖かった。
サイン会の後に反省会を開いて出版社の幹部陣にダメ出し
―カインは強烈な性格で、サイン会の後に反省会を開いて出版社の幹部陣にダメ出しをしたり、新幹線のグランクラスがホームのエスカレーターに遠いと文句を言ったり、文藝春秋の編集者に直木賞候補作が決まったか迫ったりします。
村山 私はいい人ぶりっ子をする方なので、もしそう思ってもおくびにも出さない。むしろ自分の欲求を口に出せる人が羨ましいです。連載を読んだ編集者は「いや、でも思ったこともない不満は書けませんよね」と震えあがったそうですが(笑)。
カインがある編集者に初校ゲラを送り返す時、返送用の着払い伝票の差出人欄に自分の住所氏名が書かれていないことに腹を立てる場面があります。そうしたら、おかしいことに編集者さんたちが、伝票に私の住所氏名を書いて渡してくれるようになったんです。全然そんな必要はないのに。
自分の内面とかけ離れているセリフには、つい間投詞のように「ごめんね」と入れてしまい、担当者に「カイン先生はここで謝らないと思います」と言われてしまったほどなんですよ(笑)。
―そんなカインですが、子どもの頃から本に救われてきた思いがあり、書くことにはとても誠実です。そして伴走する緖沢千紘(おざわちひろ)という編集者を得て変わっていきます。
村山 彼女には譲れないものがあって、書くものに関してはズルをしない。連載中に読んでくださった方たちが、カインのことを初めは嫌な作家だと思ったけど、最終的にはかっこいいと思うようになったと言っていました。書いていても、徐々に彼女が愛おしくなりました。私にない部分がいっぱいありますからね。
―一方、千紘は「直木賞をカインに獲ってほしい」「天羽カインという怪物めいた作家をいちばん深く知っているのは私だ」という独占欲にも似た思いを持ち、カインと自分を同一視してしまいます。
村山 2人でゾーンに入ってしまうというか……。でも、編集者の皆さんにはいつも頭が下がります。家族にも話さないようなことを、何かの肥やしになればと話してくださるんです。その中から濾(こ)しとられたものが小説になっていく。そういう関係性って他にないですよね。お互いの信頼が深まっていくと、この人のためにすごいものを書きたいと思いますよ。
カインが千紘と一緒にアカスリに行って、深い話をしますね。これは私の実体験です。『星々の舟』(03年刊・直木賞)を本にする時に、ある2行を削る提案をしてくれた編集者です。
「すべてがここから始まるのだと、あの頃は二人ともが思っていた。/似てはいても違っていた。あれは、すべてが終わる始まりだったのだ」という部分で、「後ろの2行、なくてもいいかも」と言われて、その部分を隠して読んでみたら、本当にそうなんです。目が開かれた感じがしました。ああ、こういう余韻の残し方があるんだと学んだのが、この時だったんです。これはそのまま作中で使いました。
『PRIZE―プライズ―』は欲望小説であり、お仕事小説でもある
―お仕事小説としても深いカルマを感じさせます。千紘の努力が認められカインが原稿を託したことに先輩編集者がやっかみ、おためごかしな心配をしたり、文芸誌の編集長には女性とのホテルでの関係を匂わせる脅迫メールが送られてきます。
村山 今作は欲望小説であり、お仕事小説でもあります。村山由佳の持ち味は大衆性だと思っているので、誰もついてこられないような地平に行くつもりはないんです。読んでから2、3日、この世界がずっと頭の中にあるな、と感じていただける小説が書ければ大満足です。
―カインと千紘が一つのところで作品を練り上げる関係性は、直接的な性愛表現がないにもかかわらず隠された淫靡さを感じました。そして天羽カインを思うあまり、千紘が伴走者としての編集者の一線を越える終幕は、一転二転どころか四転する怒涛の展開でした。『PRIZE』は今までの村山さんの作品世界が全てなだれ込んでいる印象です。
村山 官能の場面をどのように入れるか、入れないかは、打ち合わせのときにも編集者と納得するまで話しました。官能を入れようと思えばもちろんできますが、最終的には、現実的な関係よりもっと深い部分で、2人が“感応”しあって生きているんだと思ったんです。これからは、今まで作り上げた表現を糧にして、作品に必要な取捨選択をしていくのだと思います。
「還暦を迎えたからといって頭の中は…」
―最近の暮らしについて教えてください。村山さんは今のパートナーとは3回目の結婚ですね。先ほど現在の生活は落ち着いているとおっしゃっていました。
村山 一緒に暮らして9年目に入ったのかな。おおむね落ち着いて幸せにやっています。従弟で幼なじみなので、大喧嘩をしても平気な感じ。以前だったら縁を切るつもりでないと口に出せなかったことでも、関係性に信頼があるので言えるようになりました。自分で言うのも恥ずかしいですけど、夫は初恋の相手が私だったということでとても大事にしてくれるので、寂しくないということが大きい。
私の母と夫の父がきょうだいなんです。私は母に対して、自分をさらけ出したら弱みを握られるとおびえてきましたし、夫とその父の関係性も複雑でした。母に対する私の気持ちを説明抜きで分かってくれたのは、彼が初めてだったんです。母と娘の関係を小説で書いても、しばしば普遍的なテーマとして捉えられて、母と娘ってそういうもんだよねと言われてしまう。
私は「この母」との特殊な関係性に傷ついてきたという部分を、誰にも分かってもらえなかった。それが、いかに特殊であったかを彼は分かってくれる。初めて救われたような気持ちで、毎日がカウンセリングのように普通に話ができるんです。とはいえ、還暦を迎えたからといって頭の中は10代とそう変わっていなくて。もっと枯れたり、楽になったりするのだと思っていましたよ。
―今後はどんなものをお書きになりますか。
村山 皆目見当がつかなくて。ただ、性愛については、現段階ではこれ以上極めてもあまり新しいものが出てこない気がしています。むしろ、こんな簡単な手では上がれないという麻雀の一翻(イーハン)縛りのように、官能を禁じ手として別のところで勝負する書き方のほうが、燃えるかもしれません。
文:内藤麻里子 写真:榎本麻美
●作中に登場する、北方謙三さんや馳星周さんを思わせる作家たちの逸話や、直木賞の選考について、また、村山さんの庭造りのエピソードなど、インタビュー全文は『 週刊文春WOMAN2025創刊6周年記念号 』でお読みいただけます。
むらやまゆか/1964年7月東京都生まれ。1993年「天使の卵~エンジェルス・エッグ」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞受賞。2009年『ダブル・ファンタジー』で柴田錬三郎賞、中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞を受賞。2021年『風よ あらしよ』で吉川英治文学賞を受賞。
(内藤 麻里子/週刊文春WOMAN 2025創刊6周年記念号)
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