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「自分の気持ちを押し殺すことに疑問を持たずに生きてきた」雨宮まみの“穴の底でお待ちしています” 第36回

ココロニプロロ / 2016年6月23日 11時45分

かぼちゃさんは、これらのことをご自分の欠点として、いまとても苦痛に感じながらも向き合って、克服されようとしていますよね。私はそれはとてもいいことだと思いますし、身体に症状が出るほどの我慢をされてきたこれまでのことを思うと、つらい気持ちになります。

ただ、かぼちゃさんほどではないにせよ、多くの人がこんなふうに周囲に気を遣ってしまって言いたいことが言えなかったり、理不尽な境遇に甘んじたり、そういう「自分の気持ちを押し殺す」経験は、多かれ少なかれされていると思います。

そして、こういう我慢は、おそらくかぼちゃさんの周囲の人からは「美点」と捉えられてきたんでしょうね。控えめで周囲に気配りのできるいい人、問題を起こさない良い子だと。まるで優しい呪文のように、それらの言葉がかぼちゃさんを「そうしなければいけない」と縛り付けてきたさまが思い浮かぶようです。

ご結婚についても、多少後悔されているようですが「自分の気持ちに素直に生きてこなかった自分がいけないんだから……」とご自分を責めてらっしゃるところが気になります。

はっきり申し上げておきたいのですが、「自分の気持ちに素直になる」というのは、清らかなことでも、正しいことでもない場合があります。極端に言えば、周りの気持ちよりも自分の気持ちを優先させるエゴイストになる、ということに近いです。もちろん、主張はして、折衷案を取る、というような解決策もありますので、一方的にひどい人間になるとは限りませんが、いま思うことは、本当に「自分の気持ちに素直に生きてこなかった自分がいけない」と反省することなんでしょうか? 

旦那さんも、いい方なんでしょう。そんなに文句を言うところもないというか、世間的に見れば十分に恵まれた結婚だし、かぼちゃさんやお子さんを愛してもくれているのでしょう。でも、嫌なら嫌だと、好きじゃないなら好きじゃないと、思ってもいいのですよ。たとえ相手に非がなくても「愛せない」ということは、あるんですよ。それはとてもつらいことかもしれませんが、正直な気持ちというのは、いつも自分にとって都合のいい気持ちだとは限らないのです。「こんな気持ちさえ持たなければ、私は幸せでいられたのに!」と叫びだしたくなるようなものが「本当の気持ち」だったりすることもあります。
やっかいなことですが、自分の気持ちに正直になることで得るものが、世間一般で言う「幸せ」とは違うことも多いです。

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