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「人並みの幸せすら手に入らない」 雨宮まみの“穴の底でお待ちしています” 第19回

ココロニプロロ / 2015年3月5日 17時45分

自分が不幸であることをアイデンティティにするのは、危険なことです。不幸であることで自分を特別なものだと思ってしまったら、より不幸な人に出会ったとき、どうするんでしょう。勝ったと思うんでしょうか、負けたと思うんでしょうか。いずれにせよ、人との比較で自分と相手の関係を測るというのは同じことです。それは、しがみつくことができるほど強固なものではないと気づいてください。同時に、手放してもどうってことがないものだということも。

どうせうまくいかない、と言いながら、プロポーズはされたいのですよね。何かのきっかけで、幸せになれるんだったらなりたいと思っているんですよね。他人がくれる幸せなんてないですよ。きっかけを他人が与えてくれることはありますけど、人は孤独なものです。たとえ結婚して、他人から見て幸せな状況になっても、自分が幸せを感じなければ、幸せになったとは言えないですよね。それとも、誰もがうらやむような生活ができれば、それが幸せなのでしょうか。

幸せを感じることのできる人は、「自分の所属している周りの世界」を基準にはしていないと思います。誰より勝っているから幸せとか、そういう気持ちでいても、せわしないレースが続くだけです。レースをやるのは疲れます。自分にかまう気力も労力もお金も奪われます。

私はレースから、半分降りています。例外的な職業に就いているので、世間の常識的なレースには参加できない。でも、出版の世界では自分のような人間は普通なので、半分はレースをせざるを得ない。ピリピリした気持ちを味わうこともあります。でも、この年で例えば結婚することになったとして、世間的にはヴァージンロードとか今さらどのツラ下げて、って感じでしょうけど、私はそれはやりたいのでやらせていただきますし、一人でも歩きます。友達に話すと「とんでもねえな」と笑われますが、それができたら私は幸せだろうな、と思います。誰にバカにされても、笑われても、かわいそうだと思われてもかまいません。

レースから降りろ、とは言いませんが、レースの世界がほころぶ部分を大事にしてください。バカみたいな女性の雑誌にでも何でも踊らされて、自分の中に今いる世界の価値観と違うものが入ってくる、ほころぶ瞬間を体験してください。混乱して、自分が幸せなのか不幸なのかわかんないくらいになってください。

それと、「流産すればいい」と祈るような関係の人は、友達ではありません。こんなことを言う自分でいいのですか? 友達も家族も恋人もいて、書かれている文章から頭も良いのだろうとお察ししますが、そんな財産をドブに捨てるみたいな生き方をされていることが、私にはとてももったいなく見えます。どんなに恵まれても、自分の内面は自分で変えるしかないし、逆に言えばどんなに不幸でも、内面を変えることはできます。もしこんな毎日から抜け出したいと思うことがあれば、そのことを考えてみてください。

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