大腸菌L-formにおいて、隔壁合成はアメーバ様細胞から一定の大きさの球形細胞への変化に必要である〜進化の過程で細胞形態がどのように決められたかの考察〜
Digital PR Platform / 2024年12月5日 14時5分
立教大学理学部の塩見大輔教授、林匡史博士研究員(現学習院大学助教)、高岡ちぐさ氏(同大卒業生)、富山県立大学の大島拓教授、国立遺伝学研究所の黒川顕教授、東光一助教、テキサス大学ヒューストン校のWilliam Margolin教授らによる研究グループは、大腸菌L-formを用いて、隔壁の形成が細胞サイズ制御に重要であることを発表しました。本研究成果は、2024年11月26日付「communications biology」誌に掲載されました。
【研究の背景】
大腸菌などの多くのバクテリアは細胞壁(注1)に覆われています。細胞壁は細胞の破裂を防いだり、形態を決定するために重要な構造体です。ペニシリンやホスホマイシンなどの細胞壁合成を阻害する抗菌薬を添加すると、バクテリアは膨れた後、弾けて死にます(溶菌)(図1)。ところが、特殊な環境下(高浸透圧培地、嫌気条件など)でペニシリンやホスホマイシンなどが存在すると、細胞壁合成は阻害され、細胞壁を合成できなくても、破裂すること無く増殖を続けることができる状態に移行できます(図1)。このような状態のバクテリアをL-form(注2)と呼びます。L-formは細胞壁を持たないので、元の形態を維持できず、不定形(アメーバ)になります。ペニシリンなどが無くなり細胞壁合成阻害が解除されると、バクテリアは直ちに元の細胞壁に覆われた状態に戻ることができます。L-formは1935年に細菌感染したラットから単離されましたが、その後、細菌感染症の患者からも単離されています。L-formは抗菌薬存在下でのバクテリアの生存戦略の一つであると言うことができ、再発性や慢性の細菌感染症との関連が指摘されています。L-formは細胞壁を持たずに細胞膜のみに覆われています。その分裂は、細胞壁に覆われた細胞の分裂と違い、厳密な制御を受けず、細胞膜合成に伴って千切れるようにして分裂します。そのために、L-formは原始的な細胞がどのように増殖していたかを検証するモデルとも考えられています。このように、L-formの研究は細菌学のみならず、細胞進化などの研究にも波及することが期待されています。
(添付:図1.大腸菌の抗菌薬存在下での形態変化)
【発表概要】
大腸菌は桿菌と呼ばれ、円筒状の細胞形態をしています。この円筒状を維持するためには、細胞伸長と細胞分裂のためのそれぞれの細胞壁合成を厳密に制御する必要があります。これら2つの細胞壁合成は2つの異なるタンパク質複合体が関与します。とくに分裂はFtsZ(注3)タンパク質が中心となりZリングと呼ばれる分裂環を形成し、そこで分裂のための細胞壁合成が行われます。今回、本研究グループは、細胞伸長も細胞分裂もいずれの細胞壁合成も行わないアメーバ状のL-formで細胞分裂のための細胞壁合成を行うことで、一様な楕円形の形態を形成できることを明らかにしました。本研究は、不定形な原始細胞が、進化の過程で、細胞分裂装置と細胞分裂のための細胞壁合成機構のみを獲得することで(つまり細胞伸長は無くても)、一定の細胞形態を形成できた可能性を示しています。
【発表内容】
1. L-formにおける分裂環形成とその制御
通常のバクテリアの分裂はZリングによって制御されています。一方で、大腸菌や枯草菌などのL-formの分裂にはZリングによる制御が必要無いことが報告されていました。加えて枯草菌のL-formではZリングが形成されないことも報告されていました。ところが、本研究グループは大腸菌のL-formではZリングが増殖に不要であるにも関わらず、形成されていることを明らかにしました(図2)。さらに、細胞壁がある通常の大腸菌でのZリング形成制御機構(注4)がL-formにおけるZリング形成にも関与していることを明らかにしました。このように増殖に分裂環が不要であるにも関わらずL-formが分裂環を形成しているのは、L-formのバクテリアが細胞壁合成を再開し、できるだけ素早く通常の状態に戻ることを可能にしていると考えられます。
(添付:図2.Zリングの局在 )
2. Zリングによる細胞サイズの決定
L-formの培養液からペニシリンやホスホマイシンなどの細胞壁合成阻害剤を除くことで、元の細胞壁に覆われた棒状の桿菌に戻ります。ペニシリンやホスホマイシンは細胞伸長と細胞分裂の両方の細胞壁合成を阻害するので、形態形成において細胞伸長と細胞分裂いずれがより重要な役割を果たすかは明らかではありませんでした。本研究グループは、この重要な課題を明らかにするためには、それぞれを特異的に阻害した状態を作り出す必要があると考えました。そこで、ホスホマイシンに加えて、細胞伸長を特異的に阻害する抗菌薬メチリナム、細胞分裂を特異的に阻害する抗菌薬アズトレオナムを用いた実験を行いました。3つの抗菌薬を含む培養液からホスホマイシンとメチリナムを除去しても(細胞伸長のための細胞壁合成のみ起こる状態)異常な形態のままでした(図3)。一方、3つの抗菌薬を含む培養液からホスホマイシンとアズトレオナムを除去すると(細胞分裂のための細胞壁合成のみ起こる状態)、アメーバ状のL-formから球または楕円状の細胞形態に変化することを突き止めました(図3)。楕円状の形態への復帰はZリング形成制御機構が機能して、分裂環を細胞中央で形成させることが重要であることも明らかにしました。細胞進化の過程で、不定形な原始細胞が細胞分裂装置と細胞分裂のための細胞壁合成機構のみを獲得するだけで(つまり細胞伸長は無くても)、一様な細胞形態を形成できた可能性を示しています。細胞集団として一様な形態を獲得することは、その遺伝情報(ゲノムDNA)を次世代に確実に伝えるために重要であり、そのことが細胞進化を速めたのかもしれません。
(添付:図3.細胞壁合成による形態変化)
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