世界遺産高野山麓にある樹齢400年のカヤの樹に接木の痕跡を発見 当時の人々の交流や生活を推察する一端となる研究成果
Digital PR Platform / 2024年12月23日 20時5分
4) 400年前の接ぎ木の痕跡の発見
採取した14本のカヤの樹のうち2種本(図2の9と10、および、11から14)では、接ぎ木された可能性が示唆されました。その他は、それぞれ独立した樹で遺伝的に別個体といえます。サンプル11から14のうち、13と14は株元から生じているヒコバエ※3 で、主幹を挟んで反対側の位置から生じているため互いに異なる枝で、これらのヒコバエは直立した樹形を示していました。11と12はこの樹の主幹を構成する2本の異なる枝から採取したサンプルです。デンドログラム※10 から明らかなように、2本のヒコバエ(13と14)は遺伝的に完全に同一でした。これに対して、主幹である11と12は、株元のヒコバエと遺伝的に異なるばかりか、11と12でも遺伝的に異なっていました。この結果は、2枝のヒコバエが台木から生じた枝であり、2枝の主幹は台木に接がれた遺伝的に異なる2本の穂木であると推察されました。一般的な接ぎ木法では、1本の台木に1本の穂木を接ぎますが、複数の穂木を接ぐ方法として「芽接ぎ」があり、カヤの木は芽接ぎによって作成された可能性が示唆されました。
同様に、主幹9のヒコバエである10も明らかに9と別個体で、接ぎ木が行われていると考えられます。このように、この地域において少なくとも400年前にヒダリマキガヤの接ぎ木技術が確立されていたことが示されました。さらに、ヒコバエはいずれもヒダリマキガヤのクレード※11内に位置していたことから、ヒダリマキガヤの実生苗を台木として接ぐ「共台接ぎ」が行われたと考えられます。
5) カヤの樹の遺伝的構造の地区間差
ヒダリマキガヤが継続的に接ぎ木で増殖されていた場合、多くのヒダリマキガヤが互いにクローン個体となるため、その遺伝的多様性は極めて小さく、クラスター分析ではヒダリマキガヤとその他のカヤが分かれた後に、その他のカヤが地区間で再度分かれるはずです。しかしながら、この想定に反して、紀美野町の西側地区がクレードI、東側地区がクレードIIとして、遺伝的な特徴が明瞭に分かれることが示されました(図2)。
この結果は2つの重要な示唆を与えます。一つは、1000年以上前から隣接するこの地区間でカヤの樹の遺伝的交流がなかったこと、すなわち、カヤの種子を人が持ち出したり持ち込んだりすることがなかったことを示しています。もう一つは、ヒダリマキガヤの遺伝子が、最初は接ぎ木ではなく種子でこれらの地域に持ち込まれたことを示しています。持ち込まれた種子は、それぞれの地区内で実生繁殖を繰り返し、地区の遺伝子プール※12 に溶け込んでいったものと推察されます。さらに、ヒダリマキガヤのクレードとその他のカヤのクレードが分かれる時期が2つの地区で一致していたことから、ヒダリマキガヤの種子が同じ時期に2つの地区に配布されたことを示しています。ヒダリマキガヤが各地に集中して生育していることから、ある時期にヒダリマキガヤの種子を広域に配布した組織が存在し、そのような組織のうちの一つが高野山であったと考えられます。
6) ヒダリマキガヤの特性に関わる遺伝子の数
ヒダリマキガヤは、最初は種子で配布されて各地の遺伝子プールに溶け込んだ後に、接ぎ木繁殖も利用して大量増殖が図られたと考えられます。ここでヒダリマキガヤの特性を支配する遺伝子の数が多ければ、既存のその他のカヤとの雑種種子を播いてもヒダリマキガヤの特性を示す樹の出現数は少なく、もっと早くに接ぎ木による増殖に切り替えられたはずです。初期に種子繁殖で増殖がはかられたのは、接ぎ木技術が十分に確立されていなかった可能性も考えられますが、種子繁殖でも当面の問題はなかった、すなわち、ヒダリマキガヤの特性に関わる遺伝子の数が少なかったことが考えられます。接ぎ木技術そのものは平安時代の文書にも記載されています。
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