蚊は腹八分目を知る
Digital PR Platform / 2024年6月21日 11時25分
最後に、フィブリノペプチドAが吸血停止シグナルとして機能することを確認するため、人工合成したヒトフィブリノペプチドAを添加したATP溶液や、フィブリノペプチドAの生成を阻害する薬剤(ヘパリン)で処理したマウスの血液を蚊に与えてみました。これらの実験では、フィブリノペプチドAが存在すると蚊は吸血を途中でやめ、フィブリノペプチドAが存在しないと吸血が促進されました。さらに、フィブリノペプチドAを強制的に作り出す薬剤(バトロキソビン)で処理した血液を用いて、血中のフィブリノペプチドA量を増加させたところ、吸血を途中でやめるネッタイシマカ個体が増加しました。
以上より、フィブリノペプチドAは、ネッタイシマカの吸血を「腹八部目」でやめさせる役割をする吸血停止シグナルであることが明らかになりました。前述の通り、蚊には腹部が完全に膨満したことを感知して吸血を停止させる物理的な制御があると報告されています。そこで、フィブリノペプチドAの吸血停止シグナルは、蚊が順調に吸血を遂行できなかった際により効果を持つのではないかと考えています。吸血に長い時間をかけると、違和感に気付いた宿主の忌避行動(手足や尾で追い払うなど)を誘発するため蚊にとって危険です。そこでネッタイシマカは吸血開始後に血液中に増え始めるフィブリノペプチドAの量を感知して、通常よりも長く吸血に時間をかけてしまった際に吸血をやめる仕組みを備えていると考えられます。
今後の期待
本研究では、宿主の血液中に蚊の吸血停止シグナルが存在することを明らかにしました。血液の中に吸血促進シグナルが存在し続けるにもかかわらず、蚊が吸血を停止することができる秘訣(ひけつ)は、吸血停止シグナルが吸血の進行に伴って作られる物質であるためです。
人類は、蚊の被害を防ぐため、古くは植物由来の殺虫成分や蚊帳の利用から、近年では致死遺伝子を導入した遺伝子組換え蚊の環境放出などさまざまな対策を試みてきました。本研究で同定されたフィブリノペプチドAを、蚊がどのように受容し、吸血を停止するのか詳細な機構はまだ明らかになっていません。今後この受容機構を解明し、受容機構を活性化する物質の探索などを進めることで、人為的に吸血停止を誘導する手法の開発や、蚊が媒介する感染症制御への応用が期待できます。
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