強力な抗がん作用を示す海洋天然物の分子構造決定と完全化学合成に世界で初めて成功~NMR・計算化学・合成化学の統合的アプローチによる革新的な化合物の発見・創出への貢献に期待~
Digital PR Platform / 2024年10月25日 20時5分
【研究内容】
1.研究の背景
化合物の機能は構造により規定されるため、化合物の機能を理解するには、構造式を正しく決定することが不可欠です。現代では、天然物の構造式は主としてNMRスペクトルデータを元に決定されますが、複雑な天然物の構造式はNMR構造解析のみでは正確に決定できないことがあります。
渦鞭毛藻の二次代謝産物*⁵⁾ は特異な構造と強力な生物活性を有する新規天然物の宝庫として知られ、がんや感染症の治療薬のシーズとして興味が持たれています。イリオモテオリド-1aおよびその天然同族体イリオモテオリド-1bは、高知大学の津田 正史 教授のグループが、沖縄県西表島近海の海底砂泥より分離した渦鞭毛藻Amphidinium属HYA024株から単離された天然物で、2007年にアメリカ化学会の「The Journal of Organic Chemistry」誌に掲載された論文で報告されました*⁶⁾ 。しかし、本天然物には理論上2¹²= 4,096通りの立体異性体が存在するため、NMRデータのみで唯一の正しい構造式を絞り込むことは困難を極め、立体構造の決定は難航しました。実際に、数多くの研究グループがNMR構造解析や合成化学などの従来的なアプローチにより立体構造の解明に挑戦したものの、成功しませんでした。このため、イリオモテオリド-1a は"(one of) current challenging molecules for configurational assignment"(現在、立体構造の決定が最も困難な分子の一つ)*⁷⁾ として知られていました。
2.研究内容と成果
本研究ではNMR構造解析、計算化学、合成化学の統合的アプローチを新たに考案し、イリオモテオリド-1aの立体構造を解明することとしました。また、立体構造の決定にあたっては、マクロラクトン*⁸⁾ 領域と側鎖領域に問題を分割し、それぞれ決定する戦略としました。
マクロラクトン領域は理論上2¹⁰ = 1,024通りの立体異性体が存在するため、立体異性体を一つ一つ検討するのは膨大な時間と労力を要します。このため、まず津田教授の研究グループが保管していたイリオモテオリド-1aの天然標品のNMRデータを再解析し、候補となる立体異性体群を絞り込みました。次いで、分子力場計算*⁹⁾ と天然標品のNOEデータ*¹⁰⁾ を元にマクロラクトン領域の立体構造を帰属しました。
続いて、今回帰属した立体構造の妥当性を検証するため、イリオモテオリド-1aの側鎖領域を簡略化したモデル化合物を合成し、そのNMRデータが本天然物のマクロラクトン領域のそれを再現することを確認しました。
残る側鎖領域については、理論上4種類の立体異性体がありえますが、NMRデータの解析や分子力場計算では立体構造の帰属が困難でした。そこで、量子化学計算と統計処理、すなわち、GIAO NMR計算*¹¹⁾ とDP4+解析*¹²⁾ を実施して、正しい立体構造を予測しました。これにより、最終的にイリオモテオリド-1aの立体構造をすべて帰属することができました。
最後に、本研究で帰属したイリオモテオリド-1aの立体構造は、初の完全化学合成(全合成)により確認しました。すなわち、市販原料より18工程にて供給したイリオモテオリド-1aの合成品は、天然標品と各種NMRデータおよび比旋光度がよい一致を示しました。イリオモテオリド-1aの合成品が、培養ヒトがん細胞に対してナノモル濃度で増殖を阻害することも確認しました。
天然同族体イリオモテオリド-1bについても同様に、NMR構造解析、計算化学、合成化学の統合的アプローチにより、立体構造を完全に決定するとともに、全合成を達成しました。
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