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田中さくら監督が語る田辺・弁慶映画祭への思い、今後の展望「いろんな記憶も喪失も全て抱きしめて生きていきたい」

映画.com / 2024年3月1日 13時0分

――「夢見るペトロ」よりさらに作品のクオリティがあがった(映像が洗練された)ように感じました。準備、撮影の現場ではどのような変化があったでしょうか。

 「夢見るペトロ」では、“曖昧さについての曖昧な映画“というものを撮影の古屋幸一さんはじめ、仲間たちと探りながらつくり上げていった感覚がありましたが、「いつもうしろに」では、「夢見るペトロ」で掴んだ感覚をもう一度物語に落とし込むことでつくりあげていったという点が大きく異なると思います。また、制作体制も大きく変わっています。前作はいわゆる「学生映画」。大学のサークル仲間と撮った作品でした。サークルには専門知識を教えてくれる先生もいなかったので、撮影の古屋さん以外は私も含め全員映画づくりにおいて素人でした。「いつもうしろに」は初めて学校の外に出てつくった映画で、これからの日本映画を盛り上げる20代から30代の素晴らしい若手スタッフに参加していただきました。そういう意味では、技術的なところにおいても準備から現場に至るまでクオリティがあがったと思います。

――作品で描かれている喪失や記憶(思い出)とは?

 「過去・幻想・現実」の質問と重なりますが、じっと見つめ、大切に抱えて生きていくべきものだと思います。「今」や「現実」はどうやっても過去とは切り離せないものだし、刹那的に生きる寂しさってあるなと思っていて。いろんなことがあるだろうし辛いし苦しいけど、誰一人同じ時間を過ごした人はいなくて、全部いまの自分を形づくるものだから、そうしたいろんな記憶も喪失も全て抱きしめて生きていきたいと思います。併映作品ということを前提につくった物語なので「喪失」や「変化を受け入れること」みたいなところで繋がりがあります。大切な人が去っていってしまう、いわば「捨てられる」主人公と、自ら大切だったものの元を去ってきた「捨てる」主人公という点では、二つの作品の主人公は対極にいるかもしれません。

――「田辺・弁慶映画祭」に参加して得たもの、また審査員特別賞と俳優賞を受賞したことで心境の変化などはあったのでしょうか。

 サークルで映画を撮っていた頃は、誰かに映画を観てもらうという機会はほとんどなく、あるともしても一緒に作った仲間に作品を送って観ておいてもらう、という程度のものでした。映画祭に応募して、多くの人の目に触れるという経験は非常に新鮮でした。そのうえ、審査員特別賞・俳優賞というかたちで評価していただけて。大友啓史監督や俳優の磯村勇斗さんら特別審査員の方々から作品への言葉をいただきましたが、「物語や映画って伝わるんだ」と初めて実感しました。驚いて、あまりに嬉しくて、全身に鳥肌が立つような感じがしました。学生時代内向きにつくっていた映画を、今度は外向きにつくりたいとその時から思うようになりました。

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