「河合優実さんでなければ成立しなかった作品」 「あんのこと」入江悠監督が語る、河合、佐藤二朗、稲垣吾郎の素晴らしさ
映画.com / 2024年6月3日 14時0分
私自身、現場で河合さんの表情や言葉に触れながら、そうか、杏っていうのはこういう子だったのかもしれないと少しずつわかっていった気がしました。撮影中、河合さんに「今、杏はどんなこと思ってますか?」と聞いたことはあっても、「こういう感じで演じてください」とお願いしたことはありません。自分にとっては未経験のアプローチでしたが、役を引き受ける覚悟も含めて、河合さんでなければ成立しなかったと思いますね。
――佐藤二朗さん演じる多々羅刑事の演出で苦労したことはありますか?
杏とは対照的で、ほとんどなかったです。こういう男性像の方が、やっぱり自分には掴みやすかった。熱血でバイタリティがあって人助けの手間も惜しまない。でも自分の欲望にはけっこう簡単に流されてしまう。ある種、古いタイプの男性像ともいえるので、昭和の時代を知っている身としては、こういう人いたよねととらえやすい。さらに佐藤さんが脚本により深みを与えてくれたと思います。現場では驚くほど緻密な演技プランで、人懐っこさとだらしなさが入り混じった男を演じてくださいました。
――週刊誌記者・桐野役の稲垣吾郎さんとは、現場でどんな話をされましたか?
桐野もまた、実在の方をモデルにしたキャラクターです。実際の事件を取材された新聞記者さんをベースに、ストーリーを語るうえで必要な要素をいくつか加えている。多々羅役の佐藤さんと同じで、彼の内面や演技の方向性についてはほとんど相談していません。それでも桐野という人物が抱える独特の居心地の悪さ、どっちつかずの葛藤みたいなものを、稲垣さんが絶妙に体現してくれました。
本作における桐野って、ある種の観察者なんですね。もちろん杏の更生を心から願って、サポートもしています。でも彼女が信頼する多々羅については、ジャーナリストとして疑念を持っている。ふたりの関係を知れば知るほど、自分の職務をまっとうするのが本当に正しいことなのか、わからなくなっていくわけです。このジレンマはある種、僕自身の皮膚感覚と近いかもしれません。稲垣さんがすごいのはそのアンビバレントさを、微妙なたたずまいで表現できることです。劇中で、桐野が自分の心情を語るセリフは一切ありません。シーンによっては無表情で、何を考えているのか見えにくいこともある。でもトータルの芝居には何とも言えない揺れが滲むんです。見事だと思いました。
――撮影期間中、とりわけ心に残ったことを挙げるとすると?
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