カップルでの鑑賞は要注意!? とりかえしがつかないことになってしまった夫婦の映画「チャイコフスキーの妻」「画家ボナール ピエールとマルト」【二村ヒトシコラム】
映画.com / 2024年9月15日 20時0分
▼ジョン・カサヴェテスの傑作「こわれゆく女」のさみしがりやの妻を思い出す
チャイコフスキーは妻に憎悪されながら名曲「白鳥の湖」を書きます。その100年ぐらい後にアメリカで一本の夫婦の映画が撮られます。ジョン・カサヴェテス監督の傑作「こわれゆく女」(1974)です。この映画の夫婦の妻(ジーナ・ローランズ)は家の裏庭で、ラジカセから流れる「白鳥の湖」で踊ります。テンション高く踊り狂うのではなく、むしろ周囲をめちゃめちゃ気にしながら(しかし彼女の気配りはとんちんかんで他人にはまったく理解されないのですが)彼女はどうしても踊らないではいられない。この映画もまた、さみしがりやの妻の物語です。このシーンで妻が踊る曲としてこの曲がなぜ選ばれたのかわかりませんが、カサヴェテス監督もしくはジーナ・ローランズのことですから(その二人以外の誰か関係者のアイデアであった可能性もありますが)もしかしたらチャイコフスキー夫婦の逸話が念頭にあったのかもしれないなとふと思いました。考えすぎかな。
ただ「こわれゆく女」の妻は「チャイコフスキーの妻」の妻とちがって、夫のことを憎んでいません。それは「こわれゆく女」の夫(ピーター・フォーク。余談ですが彼はカサヴェテス監督の親友で、ほとんど自主映画みたいな制作体制だった「こわれゆく女」に、テレビドラマ「刑事コロンボ」の自らのギャラを相当つぎ込んでカサヴェテスを助けたんだそうです)が、不器用ながらも妻をケアしまくったからでしょう。さみしい妻をケアしない夫は妻から憎まれる。
「画家ボナール」の妻は、「こわれゆく女」や「チャイコフスキーの妻」の妻のような、さみしがりやではありませんでした。ですから彼女は「チャイコフスキーの妻」の妻のようには夫を憎んだように描かれませんが、それでも夫からうけた扱いで、さみしさを感じます。感じないはずはありません。ところが彼女は自分のさみしさと対抗するために、やることを見つけてしまいます。彼女はそれを見つけられたというそのことが、マルタン・プロヴォ監督がこの映画で語りたかったことのひとつなんだろうなとぼくは思ったのですが、時代背景もあって夫ほどの名声はえられなかったわけですし、名声なんかとは関係なく、それによって彼女が幸せになれたのかどうかは映画では描かれない。そこは描かない、描けないことが、完全なフィクションではなく現実の人間の存在をもとにした映画であることの繊細さのようにも感じます。
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