手紙の宛先をもつ幸福について——「イル・ポスティーノ」【コラム/スクリーンに詩を見つけたら】
映画.com / 2024年11月8日 8時0分
古今東西の映画のあちこちに、さまざまに登場する詩のことば。登場人物によってふと暗唱されたり、ラストシーンで印象的に引用されたり……。古典から現代詩まで、映画の場面に密やかに(あるいは大胆に!)息づく詩を見つけると嬉しくなってしまう詩人・大崎清夏が、詩の解説とともに、詩と映画との濃密な関係を紐解いてゆく連載です。(題字・イラスト:山手澄香)
今回のテーマは、製作30周年とパブロ・ネルーダ生誕120周年を記念して、11月8日から4Kデジタルリマスター版でリバイバル公開される「イル・ポスティーノ」(マイケル・ラドフォード監督)です。
遠くから手紙が届く嬉しさを、私もよく知っている。手書きの筆跡、切手の貼りかた、便せんの選びかた、鳥の羽のような封筒の重み——差出人の心を細部に宿して、海を渡り山を越えてほんとうに届くそれは、メールやLINEとは比較できない。いつだったか私は「手紙と書いて愛と読むんだよ、手書きの手紙なら愛×二乗だよ」と冗談交じりに人に話したことがあるのだけれど、あながち間違っていないんじゃないかな、と思う。
「イル・ポスティーノ」は、イタリアの小さな島に亡命してきたチリの大詩人パブロ・ネルーダと、彼宛ての手紙を届ける冴えない郵便配達人マリオを主人公にした、とてもかわいらしい物語だ。ほとんどの住人が文字を読めないその島で、たったひとりの受取人であるネルーダに手紙を届けながら、マリオは「高名な詩人」と少しずつ近づきになってゆく。
自分も詩が書けたら、人生うまくいくんじゃないかな。有名になって、女の子にモテて、仕事にも困らなくなって……。詩作に興味を抱くマリオの動機は不純だ(でもいったい、不純でない動機で書き始めた詩人なんているだろうか?)。手始めに、マリオはなんとか自分なりに味読したネルーダの詩集『ありふれたものへの領歌(オード)』からの一節を、パブロ先生との会話に引用してみせる。当初は「隠喩」の意味も知らなかったようなマリオだけれど、ときにはその素朴さで、大詩人がすぐに答えられないような鋭い質問を投げかけもする。そんな会話を大詩人もまた楽しんでいることが、映画を見る私たちには伝わってくる。
世界各国のファンの女性たちから、ノーベル文学賞の選考委員会から、祖国チリの共産党同志たちから、手紙は届く。史実とはすこし違う、ネルーダの人生のハイライトが詰めこまれた映画ならではの演出だ。1904年、チリに生まれたパブロ・ネルーダは、10代から詩才に恵まれる一方、外交官の仕事を得て政治家の卵としても頭角を現し、詩集『わが心のスペイン』はスペイン内戦を戦う共和国軍兵士にとって一種の戦意高揚詩の役割を果たした。41歳で上院議員になり、チリ国民文学賞を受賞。ところが政府批判の文書がもとで逮捕令が発せられ、史実としても、48歳の頃、亡命生活の中でイタリアに滞在する。実際にネルーダがノーベル文学賞を受けたのは1971年、67歳のときだった。
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