「哀れなるものたち」「憐れみの3章」ヨルゴス・ランティモス作品に張り巡らされた視覚の罠【湯山玲子ファッションコラム】
映画.com / 2024年11月9日 11時0分
「憐れみの3章」 (C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
著述家・プロデューサーの湯山玲子さんの新連載「映画ファッション考。物言う衣装たち。」がスタートしました!
「映画のファッションはとーっても饒舌」という湯山さん。おしゃれか否かだけではなく、映画の衣装から登場人物のキャラクター設定や時代背景、そしてそのセンスの源泉を深掘りするコラムです。第1回は、「哀れなるものたち」「憐れみの3章」から見る、ヨルゴス・ランティモス作品に張り巡らされた視覚の罠について読み解きます。
世の中が「見た目社会」になって久しい。
いや、もともと人間は社会的立場や職業、所属集団のオキテや空気によって、その人の「人となり」を判断していた。バブル初期には、渡辺和博という天才(残念ながら、56歳で逝去)の手になる「金魂巻: 現代人気職業三十一の金持ビンボー人の表層と力と構造」という本があった。同じ職業でも金持ちと貧乏人ではファッションや持ち物に大差がある、というのをイラストとエッセイで分析した本で、「誰もがぼんやりとわかってはいたが、言語化できていなかった」という不都合な真実を描いて、ベストセラーになった。
しかし、今や金持ちも貧乏人もユニクロを着用し、ブランド物はメルカリやレンタルで安価に手に入るこの時代には、もはや金魂巻は成立不可能。しかし、他人を敵か味方か見た目で判断したいのが、人間の業というもので、「同じユニクロを着ていても、職業やライフスタイル、お金のあるなしで何かが違う」という差異をみずから、人々は無意識だが感じ取ってしまっている。そんな中、衣装、ファッションに疎い(疎いことを自覚し、辣腕の衣装担当を抜擢していない)監督は、ハリウッド系でもインディーズでも、今後は受難の時代が待っていると言えよう。
というわけで、多様化アンド細分化する社会と人間関係に生きる観客の目と視覚情報判断が、もの凄く肥えてしまった現在、この連載は、映画における衣装、ファッションを、「本当にその登場人物、そんな服着ますかねぇ」という、力足らずの残念賞から、その逆、「この主人公、貞淑そうだけど、底知れぬ淫蕩さを隠し持ってそう」という、登場人物の真相までもが、衣装を通じてこちらに伝わってきてしまう優秀賞まで、縦横無尽に語っていこうと思うのです。
さて、最初に俎上にあげるのはこの数年、映画界の大注目株となっている、ヨルゴス・ランティモスの「哀れなるものたち」。19世紀後半のイギリス、ヴィクトリア朝を舞台に、天才外科医によって胎児の脳を移植され、蘇った若き女性ベラの、自立と自我獲得の冒険譚である。言わば女フランケンシュタインの物語であり、設定としては、歴史的バックボーンはあれど、大いにファンタジーの羽を広げられるわけで、監督は美術においては、ちょっとSFテイストが入ったヴィクトリア朝といった独自の世界観を思う存分展開。とはいえ、そのクリエイティヴはあくまで時代背景の枠組みを逸脱していないのだが、こと、衣装になるととんでもない跳躍を許してしまっている。
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