テーラー鈴木健次郎1/3--パリで頂点を極めた日本人【INTERVIEW】

FASHION HEADLINE / 2014年3月21日 22時0分

鈴木健次郎氏

コンセルヴァトワール(パリ国立高等音楽院)があり、多くの楽器店が集中するパリ・ユーロップ(ヨーロッパの意)地区。楽器店が立ち並ぶ界隈にフランスで数少ない日本人テーラーとして活動する鈴木健次郎のアトリエ兼ブティックがある。

昨年末にはNHKでドキュメンタリー「プロフェッショナル 仕事の流儀 『パリの新風、一針の美学』 テーラー・鈴木健次郎」が放送、直後には長谷川喜美著『夢を叶える パリのタイユール 鈴木健次郎』も刊行され、各方面から脚光を浴びている鈴木。それらも含めた様々なメディアで、彼は自己の内面を語ってきてはいるが、それはあくまでもテーラー=職人として仕事について吐露したものである。流行を追わないテーラーに、ファッションの視点から質問を投げ掛けるとどのような答えが返ってくるのか。それを探るべく、アトリエ兼ブティックを訪ねた。

――トム・フォードが自身のブランドを設立した当初、フランス人男性は身なりに気を使わないのでブティックをオープンするつもりはない、と明言していたほどフランスはイギリスやイタリアに比べてメンズファッション後進国です。そんなフランスを、どうして自分のアトリエ兼ブティックをオープンさせる国に選んだのでしょうか。

日本で専門学校を出てからは、東京コレクションで作品を発表するニューヨーク・パーソンズ出身のデザイナーと組み、パタンナーとして活動をしていました。そのデザイナーの周りにいるアーティストの多くが、たまたまパリのカルチャーに影響を受けている人が多かった。それで、美しい物作りをするにはパリだ、と思ったのです。テーラーになりたいから、パリにやって来たのではありません。普通、テーラーを目指す人はイギリスやイタリアへ行くと思います。

――私もパリに住む日本人ですが、パリでの苦労は多いのでは?

フランチェスコ・スマルト(パリ最高峰のテーラー、鈴木は日本人初のチーフカッターを務めた)に入社してから、人間関係に難しさを感じました。プレタポルテの業界では共通語が英語だったりもしますが、テーラーはフランス語が基本言語で、先ず言葉で苦労します。

職場は普通に40年以上働いている人が多く、その世界は閉鎖的です。外国人、例えばイタリア、スペイン、モロッコなど様々な人種構成で、我こそがカッターになる、と狙っている人ばかり。そういった中では当然摩擦が起きるものです。「お前なんか出ていけ」と面と向かって言われることもありました。上司さえも自分をジェラシーの対象にしていましたね。私が引いたパターンを完成した側から破いたり。そんな環境がきつかったです。

フランス人はプライドが高く、他のヨーロッパ人を下に見て、常に自分達が上だと思っている。そして白人こそがシックだと信じているのです。そんな考えを持っている人達とは、簡単には良い関係を築けません。また、フランスでは職場に新しく入ってくる人に噛みつく習慣があります。服従するかどうかを試すのです。放置するとそのまま服従し続けることになるので、噛みつき返さないといけません。そんなことがほぼ毎日続き、非常にストレスでしたね。そんな環境を4年半続けました。

また独立した時が大変で、特に顧客を掴むことに苦心しました。スマルト時代の話ですが、通常カッターは実際に顧客と接して採寸して仮縫いをします。しかし、それではカッターが顧客を抱えたまま独立してしまう危険性がある。それを避けるために、フランチェスコ・スマルトでは、採寸と仮縫いは別の担当者を立て、カッターは顧客と接することができないシステムにしたのです。独立してからしばらくは、顧客の仕事が終わる時間に採寸をして夜中まで仕事をし、土日も作り、納品をしながら顧客を開拓しなければならないのが大変でした。

2/3に続く。

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