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小学校4年生からの6年間を過ごした日立台への幸せな帰還。筑波大MF徳永涼が味わった特別な“60分間”の感慨

ゲキサカ / 2024年7月11日 12時15分

日立台への“帰還”を果たした筑波大MF徳永涼(2年=前橋育英高)

[7.10 天皇杯3回戦 柏2-1(延長)筑波大 三協F柏]

 どちらのゴール裏からも耳馴染みのあるチャントが聞こえてくる。スタンドにいる全員が応援してくれるような感覚が、ピッチの上で心地良い。こんな機会は滅多にない。自分がここまでたどってきた道が正解だったと、すべての人に証明してやる。

「不思議な感覚でしたね。それはこのピッチに帰ってこられたという嬉しさだと思うんですけど、レイソルのスタッフの皆さんも知っているだけに、自分が成長した姿を見せることが恩返しだと思っていたので、『やってやろう』という気持ちでした」。

 筑波大のボランチに入ったプレーメイカー。MF徳永涼(2年=前橋育英高)はかつてスタンドから見つめ続けていた日立台のピッチに、柏レイソルと対戦する相手の選手として、逞しく帰ってきたのだ。


 対戦が決まった時から、とにかくメチャメチャ楽しみだった。天皇杯3回戦。J1で首位を快走しているFC町田ゼルビアをPK戦で撃破した筑波大は、次なるジャイアントキリングのターゲットとして、柏レイソルとの90分間に挑むことになる。徳永はそのクラブで9歳からの6年間を過ごしていた。

 小学校2年生の時に、全日本少年サッカー大会で躍動する黄色いユニフォームの選手達を見て、「あのチームに入りたい」と決意。それからはひたすら自身の実力を高め、セレクションに合格してレイソルの門を叩く。いわゆるU-10からの入団は、その年代のアカデミーの“初期メンバー”。その中には現在トップチームでプレーする山本桜大やモハマドファルザン佐名も含まれる。

 そのまま進んだU-15でも順調に成長。U-18への昇格も打診はされていたが、より自分に足りないものと向き合える環境を求めて、前橋育英高(群馬)への進学を決断。3年時にはキャプテンを務め、インターハイで日本一に輝くなど、自身で選んだキャリアを歩み続け、昨年からは筑波大でハイレベルな仲間と切磋琢磨する日常に身を置いている。

 実は一度だけ日立台への“帰還”は果たしている。高校3年時のプレミアリーグEAST。スタジアムの横にある人工芝のグラウンドで、数年前まで一緒にボールを追いかけていた仲間たちと、違うユニフォームを纏って向かい合う。1-1のドローに終わった試合後。かつてのチームメイトや旧知のスタッフと笑顔で話し込む姿も、強く印象に残っている。

 それから2年。今度の舞台は“人工芝”ではなく“天然芝”。「中2のレイソルカップで3位決定戦をやって以来ですね。こっちは6年ぶりです」。しかもれっきとした公式戦で、レイソルのトップチームと真剣勝負できるのだ。気合が入らないはずがない。

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