快楽主義者は本当か…「この生には何も恐ろしいものがない」という結論に至るエピクロスの哲学とは?
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年4月2日 11時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
エピクロスは独自に物事を見極める方法を確立し、精神的な快さを求める思想を展開しました。『教説と手紙』から、心の平静を手に入れるための方法について、著書『超要約 哲学書100冊から世界が見える!』(三笠書房)より、白取春彦氏が解説します。
心の平静、精神的な快さを求める哲学
エピキュリアンという言葉は「美食家」という意味で使われる場合が今は多く、たまに「快楽主義者」という意味で使われます。しかし本来は、エピクロスの哲学を信奉する人のことをそう呼びます。
エピクロスの思想を伝える著作としてまとまったものはなく、残されているものは少しの教説と手紙類と断片だけです。それを集めたのが『教説と手紙』です。
エピクロスの哲学は一般的に快楽主義の哲学だといわれがちですが、快楽というよりもむしろ「自己充足を快い」とする哲学だといえます。あるいは、「平静な心(アタラクシア)を手にせよ」という教えです。
エピクロスは原子論などについても述べていますが、その論が不徹底であるため、彼独自の倫理学のほうがいっそうきわだっています。その倫理学の特徴は、物事を見極める方法をとります。たとえば、死については次のように認識します。
死が怖いのはいつかというと、自分が死を意識しているときです。死を意識していないとき、死は存在しないも同じです。災いが怖いのも、その災いを意識しているときです。
そしてまた、死は何ものでもないとエピクロスはいいます。
「死はわれわれにとって何ものでもない、と考えることに慣れるべきである。というのは、善いものと悪いものはすべて感覚に属するが、死は感覚の欠如だからである」(出・岩崎訳以下同)したがって、死は存在せず、この生には何も恐ろしいものがないことになります。
「持っているもの」ではなく「楽しんでいる状態」が人生の豊かさを生む
エピクロスの倫理学の要は、考え方と行ないを選択することです。その選択によって価値が変わってきます。たとえば、次のような考え方と行ないをします。
「あたかも、食事に、いたずらにただ、量の多いのを選ばず、口にいれて最も快いものを選ぶように、知者は、時間についても、最も長いことを楽しむのではなく、最も快い時間を楽しむのである」こういうふうに生をとらえるエピクロスにとって、美しく生きるとか、賢く生きるという方向性自体には意味がなくなり、生きるということそのものがつねに好ましいものとなります。生はそのまま快楽になるのです。
生きることは基本的に快い。ただし、快く見えるもの、快いだろうと予想されるものすべてが現実に快さをもたらすのではありません。あることの快からもっと多くの不快が出てくることがあるし、今は苦しくともいっそう大きな快が待っていることもあります。だから、快だからといって、そのすべてを選んではならず、冷静によく考えるべきなのです。
エピクロスが大きな善とするのは、自己充足することです。自己充足している状態のときこそ、真の自由があると考えるからです。
また、そのときには心が平静です。自己充足というこの大きな善はすぐ近くにあるのではなく、すでに自分にあって、まさに自分が楽しんでいる状態なのです。
「快い人生」にするには他人に振り回されるな
エピクロスは「隠れて生きよ」という有名な言葉も残していますが、これは当時の不穏な社会情勢を避けて生きることを意味しています。他人の欲得の騒がしさに巻き込まれていては、自分の生を快いものにできなくなるからです。
エピクロスの教えは生前からギリシア、イタリアを越えて広がり、後世にいたっては共和政ローマの詩人のフィロデモス(前110~前35)、哲学者で詩人のルクレティウス(前99~前55)に影響を与え、詩として表現されました。
その後も現代にいたるまで、『教説と手紙』は広く読まれています。というのも、エピクロスの哲学が理屈をこねまわしたものではなく、誰にもひとしく思いあたる人生経験から生まれた実感をともなった倫理学だからです。
賢人のつぶやき 少しに満足しない者は、何にも満足しない白取 春彦
作家/翻訳家
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