年金は“繰り上げて”受け取るつもりです…年収700万円の定年直前59歳サラリーマン、受給額を減らしてでも「繰上げ受給」を検討するワケ【CFPの助言】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年4月5日 11時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
超高齢社会の日本では、老後の資金不安を軽減させたいという考えから、年金の受給開始時期を後ろ倒しにして受給額を増やす「繰下げ受給」が注目されがちです。しかし、なかには受給額を減らしてでも「繰上げ受給」を選択する人も。いったいどちらを選択すべきなのか、老後の暮らしに悩むAさんの事例をとおして、株式会社よこはまライフプランニング代表取締役の井内義典CFPが解説します。
再雇用で年収“ほぼ半減”…定年後の暮らしに悩むAさん
サラリーマンのAさんは、今年の9月で60歳を迎えます。40年勤めた会社の定年を目前に控え、老後の暮らしについて悩んでいる様子。現在の年収は約700万円ですが、定年後の再雇用では約400万円に下がる予定です。
「300万円も減るのか。これはまずいな……」老後のお金について悩んでいたAさんは、「年金繰上げ受給」の存在を知りました。繰上げ受給を選択すると、年金は65歳からではなく最速60歳から受け取ることができるようです。
「年金受給額は減らされるけれど、給与と年金を両方受け取ることができれば、いまの生活レベルをあまり下げずに済むかもしれない」
こう考えたAさんは、FPである筆者のもとに、自身の老後プランについて考えて欲しいと相談に訪れました。
なお、Aさんは現在、妻のBさんと2人で暮らしています。Bさんは、結婚前は会社員でしたが、結婚後は長いあいだ専業主婦として家庭を支えています。
Aさんが「繰下げ受給」ではなく「繰上げ受給」を望むワケ
Aさんは「知り合いに、受け取るお金が増えるからと年金受給を70歳まで繰下げたにもかかわらず、翌年に71歳で亡くなってしまった人がいたんです。僕もいつまで生きていられるかわかりませんし、繰下げ受給はせず、年金は繰り上げて受け取るつもりです」といいます。
定年後も65歳までは働く予定のAさん。わざわざ年金を繰上げる必要があるのでしょうか。疑問に思った筆者は、まずは「繰上げ受給」について下記のように説明を行いました。
「年金の繰上げ受給」とは?
「年金の繰上げ受給」とは、本来の年金支給開始年齢より前倒しで受給を始める代わりに、年金が減額される制度です。
繰上げ受給を選択すれば、60歳~65歳の希望したタイミングで年金が受給できるようになります。1ヵ月繰り上げるごとに0.4%減額されるため、仮に60歳0ヵ月で受給開始(5年=60ヵ月繰上げ)すると、24%(0.4%×60ヵ月)減額となります。
Aさんは「繰上げ受給で年金が減額されるのは知っているけれど、年金は受け取れるときから受け取ったほうがいいだろう」と繰上げ受給を検討しています。
たしかに、通常より早く受給すれば65歳より前に年金収入を確保できるほか、もしも早くに亡くなった場合、一生涯の受給累計額で見て、通常より多くの年金を受け取れることになります。
しかし、繰上げ受給には減額以外にもさまざまなデメリットがあるのです。
筆者が警告する「年金繰上げ受給」のデメリット
1.「障害年金」が受け取れない
年金を繰上げ受給すると、年金が減額され、その減額が生涯続くことはAさんも把握していますが、病気にかかったときやケガで障害がのこったときに請求できる「障害年金」も受給できなくなることが多いため注意が必要です。
障害年金の額が繰上げをした老齢年金の額より高いケースもよくあり、老齢年金より多い障害年金は受給できないことになります。
2.遺族厚生年金と併給することはできない
また、厚生年金に加入していた期間のある配偶者が亡くなると、遺族厚生年金の受給権が発生します。妻Bさんは結婚前は会社員でしたから、厚生年金の加入期間があります。
そのため、もしBさんが亡くなると、Aさんに遺族厚生年金の受給権が発生し、65歳までは当該遺族厚生年金を受給することもできますが、この「遺族厚生年金」と「繰り上げた老齢年金」は、片方しか受け取ることができません。
したがって、仮にAさんが65歳になるまでにBさんが亡くなった場合、いずれかを選択して受給することになります。
Bさんは厚生年金の加入期間が短いため、この場合Aさんは「繰り上げた老齢年金」を選択することになると思われますが、繰上げしていなければ65歳まで受給できたはずの遺族厚生年金はまったく受け取れないことになります。
3.勤務継続でも、退職でも…繰り上げた年金が「減る」または「止まる」
Aさんは60歳の定年以降も働く予定ですが、たとえ在職中でも、給与が下がることによって、雇用保険の「高年齢雇用継続給付」を受けられることになりそうです。しかし、この給付を受けると、繰り上げた老齢厚生年金の一部が調整されることになります。
さらに、もしAさんが65歳より前に退職して「雇用保険の基本手当(失業給付)」を受けると、その65歳までの受給期間中、繰り上げた老齢厚生年金は支給停止となります。
このように、繰上げ受給後の障害、配偶者の死亡、失業などのリスクについても考慮しないと、老齢年金自体の減額どころか、他に受け取れるはずのお金まで受け取れないことになります。
当然のことながら、一度繰上げ請求を行うと、あとから取り消すことはできません。以上のことから、繰上げ受給については慎重に判断する必要があります。
人生はいつ終わるかわからない…焦らず「年金増額」を検討
筆者は上記の説明のあと、Aさんに、「『いつまで生きられるかわからない』という理由だけで繰上げを選ぶと、後々後悔するかもしれません」と伝えました。Aさんはたしかにいつまで生きられるかわかりません。しかし一方で、長生きする可能性も十分にあるのです。
たしかに、繰上げ受給をすると、65歳までの在職中は給与と減額された年金両方受給できることになります。しかし、退職後の人生が長くなると、リタイア後は減額された年金で一生暮らすことになります。
65歳まで勤務するのであれば、給与収入もあることから、年金は無理に繰上げ受給せず、むしろ将来の年金受給額を増やすことに力を入れたほうがいいのではないでしょうか。
Aさんは前述の理由から「繰下げ受給」は検討していないようですが、60歳以降も65歳まで勤務する(=厚生年金に加入する)ことによって、その分年金は増えます。通常どおり65歳から年金を受け取ることになっても、その金額を65歳から生涯受給できます。
さらに、厚生年金自体は70歳になるまで加入対象ですので、65歳以降もアルバイト勤務等で厚生年金に加入できればさらに年金を増やすことも可能です。
筆者から一通り話を聞いたAさんは、「いろいろと突っ走りすぎていました。年金はたしかに多いほうが安心ですし、妻の将来や万が一のリスクも含めて考えないといけないですね……反省しました。一度冷静になって、自分にとっての最善を選ぼうと思います」と言い、この日は事務所をあとにしました。
年金は単純な損得で考えず、“長生きリスク”に対する保険として捉え、年金の受給開始時期を選択したいところです。
井内 義典
株式会社よこはまライフプランニング代表取締役
特定社会保険労務士/CFPⓇ認定者
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