亡き父の〈預金1,500万円〉を勝手に葬儀費用にした長男→弟達「え、遺産分割は?」…葬儀にまつわる相続トラブル【弁護士が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年4月23日 11時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
亡き父の葬儀のため、遺産1,500万円を兄弟の同意なく費用に充てた長男。弟達はこれに憤慨し、葬儀費用で余った遺産や香典は全て、長男が独り占めしようとしていると指摘します。本稿では、弁護士・相川泰男氏らによる著書『相続トラブルにみる 遺産分割後にもめないポイント-予防・回避・対応の実務-』(新日本法規出版株式会社)より一部を抜粋し、「他の相続人の同意なく遺産から支払われた葬儀費用の取扱い」について解説します。
他の相続人の了解なく相続財産から支弁した葬儀費用の取扱い
父が亡くなり、長男の私が喪主となり、葬儀費用の1,500万円は父の預金から下ろして支出しました。香典は500万円ほどで喪主の私が預かっています。
相続人である弟たちは、葬儀費用の1,500万円は高額に過ぎるので認められないと言っています。また、弟たちは、葬儀費用として認められない部分は、私の先行取得だと言っています。
紛争の予防・回避と解決の道筋
◆葬儀費用の負担者については、①喪主負担とする見解、②葬儀会社等との間の契約当事者を葬儀費用の債務者とし、葬儀の契約当事者は、相続人に対し委任または事務管理に基づく代弁済請求として葬儀費用を請求することができる旨の見解がある
◆香典は、慣習上、香典返しに充てられる部分を控除した残余金が葬儀費用に充てられる
◆遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合には、共同相続人全員の同意により、処分された財産を遺産分割の対象とすることができる。ただし、処分者が相続人の場合には、処分した相続人の同意は不要である
チェックポイント
1. 葬儀費用の負担者が誰であるかを確認する
2. 香典の取得者が誰であるかを確認する
3. 遺産分割前に処分された財産の取扱いを検討する
解説
1.葬儀費用の負担者が誰であるかを確認する
(1)葬儀費用とは何か
葬儀費用とは、通夜・告別式、火葬等の過程で要する費用のことをいいます(片岡武・管野眞一編『家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務〔第4版〕』80頁(日本加除出版、2021)。以下「遺産分割の実務」といいます。)。
一般的に相続発生時には存在しませんので、相続債務ではありません。また、葬儀費用は「相続財産に関する費用」(民885①)ではありません(東京地判昭61・1・28判タ623・148)。死者を弔うための費用だからです。
なお、被相続人が生前に葬儀業者との間で葬儀に関する契約を締結していた場合には、相続人がかかる契約上の地位を承継します。
葬儀費用が生前に支払われていない場合には、共同相続人が相続債務として葬儀費用の支払義務を負います。相続開始時に金銭債務だと評価できる程度に葬儀費用が確定している場合には、共同相続人間の内部的な負担割合は法定相続分または指定相続分によります(最判昭34・6・19民集13・6・757)。
一方、生前は葬儀の規模や予算は決まっているが、詳細が決まっていないために葬儀費用の金額が確定しない場合には不可分債務だと評価される余地があります。
もっとも、その場合も、共同相続人間の内部的な負担割合は、原則は可分債務の場合と同様に、法定相続分または指定相続分になると解されます(令和3年法律24号による改正後の民898②)。
以下では、生前に被相続人が葬儀業者との間で契約を締結していない場合について検討します。
(2)葬儀費用の負担者
相続財産に関する費用ではないため、葬儀費用を誰が負担するかについては解釈に争いがあり、裁判例でも見解が分かれているところです。近時は喪主負担とする判断が多く見られます(東京地判昭61・1・28判タ623・148など)(以下「喪主負担説」といいます。)。
ここでいう「喪主」とは、形式的に喪主とされている者ではなく、自己の責任と計算において、葬式を準備し、手配等をして挙行した実質的な葬儀主宰者をいいます。
一方、近年の葬儀は、相続開始後に遺族が葬儀業者との間で葬儀に係る契約を締結した上で挙行されるのが一般的であることから、葬儀業者との間で契約当事者となった者を葬儀費用の債務者とし、この者からの相続人に対する求償の問題として考える旨の有力な見解が主張されています(潮見佳男『詳解相続法第2版』164頁(弘文堂、2022))(以下「契約当事者説」といいます。)。
(3)相続人による負担の有無・範囲
喪主負担説によると、原則は相続人が葬儀費用を負担しません。一方、契約当事者説によると、葬儀の契約当事者は、相続人に対し、委任または事務管理に基づく代弁済請求を理由として、葬儀費用の支払を求めることができます。
相続人が負担すべき範囲は、委任に基づく場合は委任事務を処理するのに必要と認められる費用(民650①②)、事務管理の場合には本人のために有益な費用(民702①②)です。
委任・事務管理いずれの場合であっても、被相続人(委任の場合:委任者、事務管理の場合:本人)の意思を基準として、葬儀費用の必要性・有益性が判断されます。
すなわち、契約当事者説においても、相続人は、被相続人の意思に沿わない葬儀費用を負担することはありません。
(4)共同相続人間で合意できない場合の対応
葬儀費用の負担について、共同相続人間の話合いで解決できない場合には、民事訴訟で解決することになります。葬儀の契約当事者が相続人に対し葬儀費用を請求する場合には、契約当事者説に従って、委任・事務管理に基づく代弁済請求をすることになります。
もっとも、裁判所が喪主負担説を採用した場合には、葬儀費用の必要性・有益性が認められた場合であっても、喪主ではない相続人が葬儀費用を負担することはありません。
なお、相続分や遺産分割方法を指定する遺言(民902・908)の解釈によって葬儀費用の負担について指示があったと認められる場合があるとの指摘もあります(遺言・相続実務問題研究会編『審判では解決しがたい遺産分割の付随問題への対応― 使途不明金・葬儀費用・祭祀承継・遺産収益分配等―』77頁〔川合清文〕(新日本法規出版、2017))。
(5)あてはめ
本事例では、被相続人による遺言はなく、長男の私が葬儀を挙行したようです。
葬儀費用については、長男の私が、被相続人である父の預金から1,500万円を下ろして支払っており、香典500万円も預かっていますので、実質的にも喪主だといえるでしょう。したがって、喪主負担説によると、葬儀費用の負担者は長男である私となります。
本事例では葬儀に係る契約の当事者は明記されていませんが、こうしたお金の流れを見ると、長男の私だと考えて差し支えないでしょう。
契約当事者説によれば、長男の私は、他の相続人である弟たちに葬儀費用の負担を求めることができます。
この場合、弟たちが負担すべき費用は、①被相続人の意思が明らかな場合には委任関係があると解されますので、被相続人から託された葬儀を挙行するのに必要と認められる費用、②被相続人の意思が不明な場合には事務管理になると考えられますので、被相続人にとって有益だと認められる費用となります。
葬儀費用の必要性・有益性が認められたとしても、私も相続人ですので、弟たちが負担する葬儀費用はその一部です。各共同相続人の負担割合は、相続分に従って判断されることになると思われます。
こうした二つの見解に基づく検討を踏まえて、まずは、私と弟たちの間での合意を目指すことになります。
合意できない場合には、長男の私は、委任または事務管理に基づく代弁済請求をすることになりますが、葬儀費用の負担者に関する確定的な見解はありませんので、自らが採用する契約当事者説が法的に正当であることを裁判所に認めてもらわなければなりません。
香典の取得者は、葬儀の負担者が誰かに依る
2.香典の取得者が誰であるかを確認する
(1)香典の意義
香典は、死者への弔意、遺族への慰め、葬儀費用など遺族の経済的負担の軽減などを目的とする祭祀主宰者や遺族への贈与です(遺産分割の実務80頁)。相続人全員の合意がない限り、遺産分割の対象とはなりません。
(2)残余金の使途
慣習上、香典返しに充てられる部分を控除した残余金が葬儀費用に充てられます(遺産分割の実務80頁)。その結果、葬儀費用の負担者が香典を取得することになります。
香典と葬儀費用は慣例上密接に関係しますので、葬儀費用に関する費用の負担を決める際には、念のため、香典の取得者についても話し合った方がよいでしょう。
(3)あてはめ
葬儀費用について長男である私が全額を負担する場合には、香典500万円の取得者も同じく長男である私となるでしょう。
一方で、葬儀費用の全部を相続人全員で負担する場合には、弟たちを含む相続人全員が香典を取得することになります。
葬儀費用の一部を相続人全員で負担し、残余を長男の私が負担する場合には、香典について、①負担割合に従って分ける、②相続人全員の負担部分に優先的に充てる、③長男の私の単独負担部分に優先的に充てるなどいくつかの方法が考えられます。
葬儀費用の負担額の割合によって異なる遺産分割
3.遺産分割前に処分された財産の取扱いを検討する
(1)遺産分割前に処分された財産の取扱い
遺産分割前に処分された財産は、共同相続人全員の同意によって遺産分割時に遺産として存在するものとみなして遺産分割をすることができます(民906の2①)。
共同相続人が当該財産を処分した場合には、当該処分をした共同相続人の同意は不要です(同②)。処分者である共同相続人の同意が不要なのは、遺産分割において相続人間の計算上の不公平を是正するためです(遺産分割の実務168頁)。
処分された財産が被相続人又は相続人全員の利益のために使用された場合には遺産分割の対象とする必要はありません(遺産分割の実務170頁)。相続人間の計算上の不公平がないからです。
一方、処分者が自分の利益のために使用した場合には、遺産分割の対象に組み入れられ、原則として、処分者が処分された財産を取得することになります(遺産分割の実務175頁)。
処分された財産が遺産であるか否かについて争いがある場合には、処分された財産が、民法906条の2による遺産であることの確認訴訟を提起することができるものと考えられています(遺産分割の実務176頁)。
なお、遺産分割前に共同相続人の一人または数人が遺産の全部または一部を処分した場合、不法行為(民709)や不当利得(民703)の問題として民事訴訟で対応することも考えられます。
(2)あてはめ
本事例の場合、長男の私は、遺産分割前に相続財産である父の預金を払い戻して、葬儀費用として使用しています。喪主負担説によると、葬儀費用の負担者は長男の私です。そのため、処分者である私が自己の利益のために引き出したことになります。
処分者の同意は不要なので、弟たちは自分たちの合意のみで預金1,500万円を遺産分割の対象とすることができます。その結果、遺産分割前に出された預金を長男である私が取得することを前提とする遺産分割をすること等で相続人間の不公平が是正されます。
一方、契約当事者説によると、相続人が葬儀費用を負担する場合があります。例えば、葬儀費用の負担者が、弟たちも含めた相続人全員であるとされた場合には、処分された預金は相続人全員の利益のために使用されていることになります。
したがって、この場合には、長男である私が払い戻した預金を遺産分割の対象とする必要はありません。
本事例にある「葬儀費用の1,500万円は高額に過ぎるので認められない」「葬儀費用として認められない部分は、私の先行取得だ」との弟たちの指摘は、法的に分析すると、葬儀費用の一部を相続人全員の負担として認めた上、葬儀費用として相当な金額は遺産分割の対象外とし、それを超える部分は遺産分割の対象に含め、遺産分割の対象とされた預金は長男である私が遺産分割で取得すべきである旨の主張だと解されます。
かかる主張が認められると、私が払い戻した預金のうち、①葬儀費用として相当な金額までは相続人全員のために使用されているので遺産分割の対象とせず、②これを超える部分は民法906条の2による遺産であるとして遺産分割に組み入れ、相当な金額を超える部分について長男である私が取得することを前提として具体的相続分や現実的取得分額等を計算することで相続人間の公平が図られます。
〈執筆〉 関一磨(弁護士) 平成29年 弁護士登録(東京弁護士会) 〈編集〉 相川泰男(弁護士) 大畑敦子(弁護士) 横山宗祐(弁護士) 角田智美(弁護士) 山崎岳人(弁護士)
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