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ビジネスパーソンは「社会人」なのか?(【連載18】新しい「日本的人事論」)/川口 雅裕

INSIGHT NOW! / 2018年11月17日 15時10分

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川口 雅裕 / 組織人事研究者

現代において、企業の人事部が人材育成におけるもっとも大きな問題と捉えているのは、社員の自立度を高めること、自律性を高めることだろう。社員や家族を含めて、その人生を丸抱えできた右肩上がりの時代においては、社員に自立を促す必要はなかったし、自分の意思で自律的に行動してもらう必要もなかった。むしろ、社員には会社へ存分に依存してもらい、脇目も振らず、余計なことは考えず会社の仕組みや指示に忠実に従ってもらうほうが、ありがたかった。

しかし現代では、会社がすべての社員を定年まで丸抱えする余裕はなくなり、ビジネス環境が複雑化・高速化しており、会社の指示通りにしかできない創意工夫に欠ける人材、内向きで視野の狭い依存型の人材はお荷物になりつつある。ところが長い間、会社に依存する姿勢を良しとしてきた多くの社員は、このような変化にいまだに対応できていない。自分の人生を自分で創ろうとする自立度も、決まり事や空気ではなく自分の思考や自分の意思をもって行動する自律性も、依然として低いままである。このギャップが、人事部や経営幹部を大いに悩ませている。

もっとも、この問題はバブル崩壊後の1990年代から盛んに指摘されていることで、新しくはない。しかしながら、あまりに根本的で本質的でヘビーなテーマであるために、多くの企業が目を背け、正面から取り扱うことを避けてきているのが実態である。その結果、今もなお、専門的知識や語学の習得やMBAといったスキル教育を施したり、内向きな「スキルマップ」を作成したり、役職別・階層別・職種別に求められるスキルを学習させたりと、小手先の人材育成策に終始してしまっている。

もちろん、それらの一つ一つが間違っているわけでないが、会社に施されることに慣れ、会社の意思や決まりや職場の空気に基づいて行動しているだけの依存型で自律性の低い社員には、期待したほどの効果は出ないし、だからいつまでも施しを続けることになり、結局、自立度や自律性は低いままになってしまう。例えれば、どのようなスキルも「アプリ」に過ぎないのであり、自立度や自律性といった「OS」が機能しなければ、上手に動作することはないということだ。

そもそも、日本のビジネスパーソンが「社会人」と言えるのかどうかという疑問も湧いてくる。辞書を引くと、社会人とは「学校や家庭などの保護から自立して、実社会で生活する人」とあるが、ビジネスパーソンは学校を卒業して会社の保護下に入っただけで、会社の保護から自立しているかというと、かなり疑わしい。大きな傘の下で保護されることを第一に望んでいる人も多いだろうし、学生だって保護してくれる力の強さを就職先選びの基準にし、採用側も社員を保護する力をウリにしていることが少なくない。ビジネスパーソンが「実社会で生活する人」かどうかと言えば、現実には、実社会というよりも会社の中に閉じこめられ、会社の論理や仕組みに染まっている人のほうが多いだろう。日本のビジネスパーソンは、学校卒業後は会社の保護下に身を置き、実社会とは距離のある会社の中で生活しており、「社会人」と評価するには足りない。自立度や自律性を高めるとは、すなわち「ビジネスパーソンの社会人化」と言えるだろう。

●「社会人」とは

社会人とは、「実社会で生活する人」であり、「会社の枠やルールの中だけで生きる人」ではない。実社会に存在する多様な枠組み(パラダイム)を知り、それらを上手にバランスさせながら物事を判断し、言動を選択しなければならない。社会人であるなら、少なくとも次の5つの視点を意識・理解することが重要である。

一つ目は、自身の欲求の視点である。自分がやりたいことがやれているか、自分の強みや特長を活かせているか、自分らしく働けているか、自分らしく貢献できたか、といった視点だ。会社や上司に与えられるのを待ち、言われたことをやり、あいまいな場面では上手に忖度を加えながら物事を進めていくような姿勢は、組織に保護してもらうのにはいいだろうが、良い歯車に終わってしまう。

二点目は、組織内の他者の期待からの視点だ。自身の欲求のまま動くだけでは社会性に欠ける。自分が考えている自分と、他者の期待が十分に噛み合っているかどうか。他者の期待に見合った動きや貢献ができているか。他者とのタイムリーで十分なコミュニケーションを踏まえ、常に自らの言動を律することができているか。そんな視点である。

三点目は、所属する組織が定めた基準による視点である。どのような組織でも決めごとやルールがあり、それらに則って組織は運営される。成員であれば、それらを理解し、遵守するのは当然である。それが自身の欲求とは反するものであっても、あるいは成員の多くが違和感を覚えるものであったとしても、いったんは無視や反故をせず、事後に建設的に修正を図るのが成員としての当然の振舞いである。

四点目は、信仰的視点、普遍的価値の視点だ。一つ目の「自身の欲求」、二つ目の「組織内にいるメンバーからの期待」、三つ目の「組織のルール」がどうであれ、人としてやっていいこと悪いこと、やるべきこととすべきでないことの線引きや節度は変わらない。時代が変わっても、どのような環境変化があっても、普遍的な原理原則というものは存在する。専門性やスキルだけでなく、教養を兼ね備えた人が最終的にうまくいくのは、このような視点がいかに重要かを表している。

最後は、組織外にいる大切な人からの視点である。自分のありようや言動を、家族や恋人や恩師や尊敬する人や、心通じ合う親しい人たちなど、自分にとって大切な人が見たらどう思うか、どう言うかを想像してみるということだ。今の自分は、大切な人からの期待に応えているか、胸を張って自分の仕事や成長についてその人たちに語れるかどうか。内向きにならず、さぼらず、後ろ向きにならず、組織の空気に流されず、自分らしいありようや言動を創り、継続していくためには、組織外にいる具体的な人物の視点から、自らを客観視することは効果的なはずである。

●ビジネスパーソンの「社会人化」

このような5つの視点を持ち、様々な場面でこれらを視野にいれたバランスのとれたありよう、言動を選択できる「社会人」を作らねば、どのような研修や育成策も有効なものにはならない。成長や貢献行動のOSとして、しっかりした「社会人化」を行うことが、人事部が取り組むべき最優先課題である。

しかし現状は、三つ目の「組織のルール」が、社員の視野の圧倒的な部分を占めている。一つ目の「自身の欲求」は、あまり口にしないのが美徳であるし、二つ目の「組織内にいるメンバーからの期待」は暗黙の了解事項(お互いに分かっているつもり)となってはいるが、昔よりもプライベートで接する時間が減った分、あるいはハラスメントなどで言葉や態度を選ばざるを得ない風潮になった分、実際には“つもりの自分”と“他者から見えている自分”の認識ギャップは広がっていそうだ。

四点目の信仰的視点、普遍的価値の視点は、日本人の苦手とする分野である。「信仰」というだけで宗教に対する偏見から色眼鏡で見る人は多いし、実学志向が強まって政治家や官僚までもが率先して「教養」を軽視する始末で、すぐ役に立ちそうなものしか興味を示さない人があまりに多い。古典や教養が少しはブームになっているのは救いだが、すぐ役に立ちそうなもの(すぐに役に立たなくなるようなもの)に、皆で飛びつく習性は基本的に変わる気配がない。どんどん強まる実学志向は、米国の名門校がリベラルアーツに力を入れるのとは実に対照的である。

五点目の、組織外にいる大切な人からの視点は、社会の多様性と上手に適合しつづけるために、外部の環境変化を把握して的確に対応するために欠かせないはずなのだが、長時間労働などの働き方がなかなか変わらないこともあって、会社や社員は社会とは疎遠なままだ。内向きの同質な会社人を量産していては、社会との適合性も、ビジネスの柔軟性も上がってはこず、儲ける力をつけることはできない。

社員の依存体質や自律性の低さ(自分で考えない)という、もう二十年以上に渡る問題の解決には、「社会人化」がキーワードになる。「社会人化」は、切磋琢磨や活性化を通じて社員のロイヤリティの向上、収益性の向上に寄与するし、社会性の豊かな人々による組織運営はコンプライアンス上も非常に有効だ。現代の人事部の最重要課題は、研修、労務管理、評価、報酬、採用といった機能を総動員し、社員を「社会人」(会社の保護から自立して、実社会で生活する人)にしていくことなのである。

【つづく】

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