1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

「朝倉未来VS.平本蓮」で“THE MATCHの視聴数”を超えるか RIZIN代表に聞くPPVビジネスの原点

ITmedia ビジネスオンライン / 2024年7月20日 13時58分

 「フジテレビがK-1をゴールデンタイムで放送するようになると、ツムラや日清食品、コニカ(現コニカミノルタ)がスポンサーとして付くようになりました。スポンサー料だけではなく、コニカと組んで3Dプリントの技術を活用して、選手のグッズを販売したり、選手をキャラクター化したりするビジネスも始めました。今の格闘技ビジネスの礎を築けたと考えています」

●イベント成功が業界で話題に 「興行権を買ってほしい」

 放送局がK-1の興行権と放映権を得てイベントを成功させたことが、業界内で話題になった。そこで榊原氏に、今度はプロレス団体からも『興行権を買ってほしい』という話が入ってきた。その一つが、髙田延彦氏が代表を務めるU.W.F.インターナショナルだった。

 当時、U.W.F.インターナショナルは厳しい経営状況にあった。だからこそ1995年に、新日本プロレスとの全面対抗戦を東京ドームで開催することによって、存続のための活路を見いだそうとしていたのだ。榊原氏は1996年6月、U.W.F.インターナショナル名古屋大会をプロデュースした。大会終了後に、初めて髙田氏と飲みにいった。いくつもの店をはしごしてホテルに送る途中、髙田氏から『部屋でもう少し飲もう』と誘われたという。そして部屋飲みをすることになった。

 「すると髙田さんが、自分の気持ちを吐露してきました。しかも途中で泣きながら。当時“最強”の肩書があった自分は本当に最強なのか。(ボクシング元ヘビー級王者)マイク・タイソンかヒクソン・グレイシーとリアルファイトの試合がしたいと言いました。新日本プロレスとの全面対抗戦で髙田さんは、武藤敬司に屈辱的にも“足4の字固め”を受けてギブアップします。関節技を極め合うU.W.F.スタイルの髙田さんにとっては屈辱的な負け方だったはず。でも団体存続のためには受け入れざるを得なかった。ファンを裏切ってしまった償いと、自分がどこまで強いのか試したい気持ちがあったのだと思います」

 こう髙田氏の気持ちを推し量る榊原氏は、知り合いのつてをたどり、写真集出版のために来日するヒクソン・グレイシー氏と面会する約束を取り付けていた。「これは運命かもしれないと思い、飲んだ翌日の夕方に髙田さんに『ヒクソンと本当に闘いたいか』と意思確認をしました。髙田さんは本心だと答えました。私は2週間後、髙田さんに関するプレゼン資料を作り、ヒクソンとの打ち合わせに臨んだのです」。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

複数ページをまたぐ記事です

記事の最終ページでミッション達成してください