[神津伸子]【教え子の一言に「ふるえた」。】~「野球は人生そのもの」江藤省三物語 3~
Japan In-depth / 2015年7月16日 18時0分
いよいよ予選一回戦、当日の朝。江藤は久しぶりの公式戦に、しかも可愛い教え子たちの気持ちを思い、興奮して、早朝4時半に目覚めた。
午前8時45分試合開始なのに、江藤は家を5時半と、早めに出た「驚くほど近かった」と、アクアライン上の“うみほたる”で、コーヒーを飲んで気持ちを落ち着かせてた。海面には数えきれないほどの小さな白波が立ち、風の強さを物語っていた。実際、アクアラインの橋の上の風速は10m。車高が高い車だとハンドルを取られそうなほど、車体が揺れた。
緑に囲まれた袖ヶ浦球場。強風のためか、青空がやけに澄み切っていた。「フライが上がると、厄介だな。風が勝敗の決め手になるのでは」江藤はアドバイザーという立場上、チームの監督、部長がいるので立場上ベンチ入りは出来ない。白シャツにつばの広いテンガロンハットでバックネット裏に控えた。真夏のような日差しが肌を突き刺す。
試合が始まる前日までに、全て伝えてあった。例えば、「お前たちは性格が良くて、曲がったことが嫌いだから、打つ時は真っ直ぐだけ狙っていけ!」緊張感しているナインの気持ちをほぐしながらも、適切な言葉を送る。カーブなど変化球を打てない選手たちへの、精一杯の表現だった。
8時を過ぎても空っぽだった三塁側応援席が、白いシャツの制服姿で埋まり始めた。純朴な少年少女の笑顔が並ぶ。手には思い思いのメガホンを持ち、カラフルにスタンドを染めていく。かたや、相手方はスクールカラーのグリーン一色。応援も手慣れたもので、ベンチ外の選手たちも50人ほど見受けられた。
江藤が指導するチームのユニフォームは紺のアンダーシャツに白いユニフォーム。胸に紺色のローマ字で校名が誇らしげに入っている。3年生捕手を中心にベンチ前で円陣を緩やかに組み、リラックスするためか、踊りのような体をほぐすような仕草を全員で取り、笑顔も見受けられた。
彼らと江藤は高く仕切られたネットで隔てられてはいるものの、心は一つに見えた。
「彼らは、打っている時はいいのだけど、守備がなあ・・・」ぽつり、ささやいた。
何よりも心配されるのは、主将の3年生エースが腰痛。この日は、痛み止めを打っての登板となった。「3回が限界だと思う」江藤は、今度はきっぱりと言った。
試合は時間通りプレーボール。強い風が1塁側から3塁方向に吹き、まだスコアが書き込まれない掲示板上方の3本の旗だけが、激しく揺れていた。1回の攻防は両チーム三者凡退。江藤の懸念が吹き飛び、笑顔が戻った。
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