日米繊維交渉“善処します”誤訳伝説 その1
Japan In-depth / 2017年8月12日 23時0分
檜誠司(ジャーナリスト、英日翻訳・研究家)
【まとめ】
・1969年佐藤・ニクソン会談。対米繊維輸出自主規制について佐藤首相が「善処します」と答えた。
・通訳者が“I will do my best.”と訳し、米側は日本が自主規制に積極的と誤解したとされる。
・繊維摩擦はこじれにこじれ、「世紀の誤訳」といわれた。
「善処します」誤訳伝説とは何か。その起源はほぼ半世紀前の1969年11月の佐藤栄作総理とニクソン大統領との間で行われた日米首脳会談にまでさかのぼり、通訳に誤りがあったと言われる。
ニクソンから対米繊維輸出の自主規制を求められた佐藤が「善処します」と答えたところ、通訳者が“I will do my best.”と訳したが、ニクソンは日本が自主規制に積極的であると解釈したという内容だ。
佐藤は「前向きに検討します」と発言したとの説もあるが、最も話題になるのは「善処します」だろう。日本の外交交渉におけるミスコミュニケーションが起きると、しばしば引き合いに出されるのがその誤訳伝説だ。
メディアの中でも根強く残っており、今年1月10日付の朝日新聞の天声人語でも取り上げられた。この天声人語では「訳の巧拙はときに外交をも混乱させる。古くは佐藤栄作首相の『善処します』。これを米政府が確約と受け止め、繊維摩擦がこじれた」と指摘していた。
確かに繊維摩擦はこじれにこじれ、確約を実行しなかった日本側の態度は、ニクソンの怒りを買った。1971年夏の日本の頭越しの電撃的な米中国交正常化の発表、金・ドル交換停止などの「新経済政策」のいわゆる2つの「ニクソンショック」を招いたとも言われる。鳥飼玖美子の著書のタイトルを借りれば、「歴史をかえた誤訳」ということになる。
ニクソンは大統領選で南部繊維業者の票を取り込むため、繊維問題の解決を選挙公約に掲げて当選した。それだけに繊維交渉難航をめぐるニクソン政権のいら立ちはいかばかりか、米側の機密解除公文書を見てみよう。
首脳会談からほぼ4カ月後の1970年3月18日夕、ニクソンの側近だったキッシンジャー補佐官(安全保障問題担当)は日本側のカウンターパートで佐藤の密使だった若泉敬との電話で、「君の友人(筆者注:原文は your friend で、佐藤総理を示す。若泉とキッシンジャーは電話での会話の際、暗号を作成し、若泉を『ミスター・ヨシダ』、キッシンジャーを『ドクター・ジョーンズ』、また、相手の首脳のことを『ユア・フレンド』、自分の首脳を『マイ・フレンド』と呼んでいた)は約束したことを実行できないようだね」と語った。その2日前の16日にはキッシンジャーはジョンソン国務次官との電話では、繊維問題をめぐり「Japs」の言葉を使った。
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