日米繊維交渉“善処します”誤訳伝説 その2
Japan In-depth / 2017年8月20日 23時56分
檜誠司(ジャーナリスト、英日翻訳・研究家)
【まとめ】
・佐藤首相の“善処します”発言は伝説だったとの学説あり。
・佐藤-ニクソン会談、密使若泉敬によると繊維問題を巡る話し合いのキーワードは「年内」と「包括的」の2つ。
・日米公文書によると、佐藤首相は「年内」の解決は約束したが、「包括的な合意」は不適当であるとしてニクソン大統領に配慮を求めたところ、ニクソンは「包括的な合意」への譲歩を促した。
佐藤の密使だった若泉敬(写真1)の著書「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」(図1)によれば、若泉と赤谷源一(大臣官房審議官:当時)は昵懇の仲で、佐藤・ニクソン会談から1カ月半後の1970年1月12日、赤谷は若泉に対し「通訳それ自体はたいしたことはないんですが、その記録を作成するのは非常に苦労しました。だいたいが、中身四十分間くらいの会談で、記録を作るのに四時間はかかります。(中略)まあ、この記録は五十年間くらいは外に出ることはないでしょう」と語っていたのだ。
写真1)若泉敬氏 出典:京都産業大学創立50周年記念事業シンポジウム HP
図1)「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」 若泉 敬 (著) 出典:amazon
近年、日米で公文書の機密解除が進み、1969年11月の佐藤・ニクソン会談の遣り取りを詳細に検証できるようになった。日本大学の信夫隆司(しのぶたかし)教授(写真2)は両国の公文書を渉猟し、2006年に発表された学術論文集の中で「善処します」という発言はなく、「佐藤総理の“善処します”伝説」にすぎなかったと結論付けている。
写真2)信夫隆司氏 出典:日本大学HP
本稿ではそれを踏まえ「善処します」の発言の有無を再考するとともに、岡崎久彦氏(元駐タイ大使)の「もっと踏み込んで約束したんですよ」の発言の背景を探るため、米側の公文書で「約束」についてどう言及されたのかを調べる。
繊維交渉の運命を決定づけたのは、3日間あった佐藤・ニクソン首脳会談の最終日の11月21日だった。若泉によれば、繊維問題をめぐる話し合いのキーワードは「年内」と「包括的」の2つだった。
「包括的」とは米側が要求していた「包括規制」のことだ。日本側が米繊維業界の被害調査を前提にした「選択(selective)規制」を求めたのに対し、「包括(comprehensive)規制」は被害の有無に関係なくすべての毛および合繊を対象とする内容だった。
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