カズオ・イシグロの「日本人性」を読み解く1
Japan In-depth / 2017年10月7日 9時8分
家の中では父母と日本語で会話をした。「母がシャーロック・ホームズやアガサ・クリスティを、日本語で読んでくれたのが英文学に接した最初です」とイシグロ氏は毎日新聞の文芸担当記者とのインタビューで述べている。彼の英国社会への編入は、日本語というクッションに支えられていたのだ。
だが、いつか帰国するつもりであった両親は英国での永住を決め、息子に対して無理に日本語の読み書きを強制したり、大人のレベルの会話を要求することはなかった。
イシグロ氏はジャーナリストの大野和基氏とのインタビューで、「(両親と)電話で話す時も、とても下手な日本語で話しますね。(中略)5歳のときから凍結した日本語で、それに英単語がたくさん混じります」と語っている。
とはいえ、毎日新聞とのインタビューでは、記者の興味深い質問に対して「ソファから身を乗り出した」という。「日本語は話せないが、かなり聞き取れる」らしい。「5歳の日本語」というのは誇張であり、また謙遜だが、教養を感じさせる洗練された日本語が流暢に操れないということだろう。
可能であれば二重国籍になっていたのか
人格形成に最も重要な青年期を英国の寄宿制の学校や大学で過ごし、英国人の精神性を身につけて成人したイシグロ氏は日本語に拙く、不慣れな日本に帰国することは考えにくかった。1982年、27歳で日本人の石黒一雄は英国に帰化し、日本国籍を離脱した。
イシグロ氏は大野氏との対話で、「残念ながら、日本は二重国籍を許しません。(中略)100%日本人になるか、日本のパスポートを捨てるかどちらかでした。最終的には感情的には日本ですが、すべての実用的な理由から、私は英国籍を選びました」と振り返っている。
しかし、イシグロ氏が生誕当時、出生地主義を採用していた英国で生まれておれば英国籍を取得でき、さらにあと4年ほど早く、二重国籍状態を日本が不本意ながら容認していた旧国籍法の時代(1899年~1950年)に生まれていれば、二重国籍のままでいることができただろう。
そうなれば、彼の現在のアイデンティティも別のものになっていた可能性がある。(もし日本生まれであれば、英国帰化の際に、日本国籍を捨てなければならなかったのは、現在と同じ。)
旧国籍法では世界中どこで出生しても、父が日本人であれば子は日本国籍を自動的に取得した。これに対し、現行の国籍法では日本人の親が現地の大使館や領事館に国籍留保の申請を一定期間(3か月)内に行わなければ、日本国籍を失う。
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