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イスラム社会の目に映った日本 イスラム脅威論の虚構 その3

Japan In-depth / 2018年2月18日 14時55分

黒檀の原産地はインドであるし、犬を鎖につなぐ習慣は東洋では割と新しいものであるなど、日本の歴史的実情に合致しない描写が多い、ということで、マダガスカル説やフィリピン説がとなえられている。

あの『千夜一夜物語』にも、ワークワークが登場し、それも、かの国の王女が水浴中に着物を盗まれて帰れなくなり、やむなく異国人の妻になるという、日本の「羽衣伝説」にそっくりな伝承とされている。日本では英語版のタイトルから『アラビアン・ナイト』として有名だが、9世紀に原型ができていたものの、ワークワークの出典としては前述の『諸道と諸国の書』の方が古いようだ。

▲写真 「千夜一夜物語」アラビア語の写本 出典:ウィキペディアコモンズ

13世紀の文献にも「ワークの島」が登場するが、こちらではなんと、700を越す島からなる国が一人の女王によって統治され、その女王は黄金の冠を被り、4000人の奴隷を従えていた、と書かれている。これはもはや、日本でも有名な『魏志倭人伝』に登場する、邪馬台国の女王・卑弥呼の伝承以外のなにものでもないと思えるが、イスラム世界にまで広まっていたのだろうか。

前にも述べたように、イスラム世界にあっては女性の地位が伝統的に低いので、豊かな国が女王に統治されていたという伝承が、非常に印象的であったのかも知れない。

いずれも、ワークワークには女性の姿をした実がなる木があり、その木の名前が語源であるとか、荒唐無稽な話が書かれているけれども、マルコ・ポーロがジパングの住民を「礼儀正しいが、人肉食を好む」などと描写したのに比べれば、偏見を助長しかねない表現はほとんどない。

ここで、視点をまたもや日本に移すと、7世紀に唐の都・長安に渡った留学生、すなわち遣唐使がアラブ商人と接触した形跡はあるものの、イスラムについて実際的な知識を得られるには至らなかった。ちなみに、彼ら遣唐使の留学費用が、日本から送られる砂金によってまかなわれていたことが、日本は大いなる産金国である、とのイメージを広める根拠となったらしい。

▲写真 2010年上海万博「遣唐使船再現プロジェクト」に際し復元された遣唐使船。博多港にて、2010年5月14日撮影。Photo by ぱちょぴ

イスラムが中国で「回教」と呼ばれるようになり、日本にもその言葉が伝播するのは、17世紀・明の時代になってからである。この語源もよく分からないのだが、中央アジアの少数民族を漢民族がフィフィ(回回)と呼んだので、彼らの宗教も回教と呼ばれるようになった、とする説が有力だ。

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