池上彰氏のベトナム戦争論の欠陥
Japan In-depth / 2018年9月25日 15時23分
出典)Wikimedia
(3)池上氏の記事はアメリカの動きについて「米軍の敗北」と何度も書き、枯れ葉作戦の後遺症など医学的には因果関係が完全には証明されていない案件を指摘して、もっぱら米軍側の残虐性を強調する。
しかし現実にはまず米軍は軍事的には敗北はしていなかった。米軍部隊はベトナム戦争が終わる2年前の1973年春に完全撤退していたのだ。だからアメリカにとって軍事介入の目的を達成できず、「挫折」とはいえるが、「敗北」と断ずることは米側の多数派は受け入れていない。
ベトナム戦争の最終段階の2年間は北ベトナムと南ベトナムが米軍なしで戦い、北側が南の政府も軍も完全に軍事粉砕して終わったのである。
民間人への非人道、残虐な行為は確かに米軍にも南ベトナム軍にもあった。だが同様に北ベトナム軍も、その偽装組織の解放戦線も南ベトナム側の民間人や民間施設には長年、残虐な攻撃を加えていた。代表的なのは1968年のテト攻勢の際、古都フエでの北ベトナム軍による南側民間人の大量虐殺だった。池上氏の記事は北や解放戦線側の残虐行為には触れていない。
ベトナム戦争は苛酷な共産主義革命でもあった。戦争が終わり、平和が訪れた南ベトナムから共産主義政府の支配に耐えかねて、国内に脱出する住民が10数年も絶えなかった。南ベトナムの総人口2000万のうち300万もが国外に逃げたのだ。しかも荒海に小さな舟で乗り出していくボートピープルが多かった。池上氏はベトナム戦争のこの辺の人間的悲劇にも触れていない。
(4)池上氏の記事は「ベトナム戦争の大きな特徴」として「記者やカメラマンがいまより自由に戦地を取材し、記事や写真を全世界に自由に送信できた」ことだと書く。
しかし現実にはこの戦争は「報道の禁止」でもあった。これほど「報道の自由」が一方に偏っていた戦争もなかったのだ。米軍や南ベトナム政府軍の動きに関しては確かにアメリカ流の報道の自由が完全に適用されていた。軍事上の機密さえも報じられることが珍しくなかった。
ところが戦争の一方の当事者である北ベトナム側では報道は完全に制限され、管理され、むしろ軍当局の道具として利用されていた。北ベトナム側では報道の自由は全否定されていたのだ。
だから南ベトナムでの軍事作戦の現地の総責任者だった北ベトナム人民軍総参謀長バン・チエン・ズン将軍の回顧録では軍事作戦上、敵の出方が読めない場合はいつもサイゴン(南ベトナムの首都)発の米欧メディアの報道を読むのだと記されていた。米軍の動向は一般メディアによりそれほど克明にスピーディーに報じられていたのだ。
写真)北ベトナム人民軍総参謀長バン・チエン・ズン将軍
出典)Wikimedia
北側は一般メディアの取材はさせず、たまに事前に選別した記者らを招いて厳重な監視下に自分たちに有利となる部分だけを報道させた。北ベトナム当局はさらに国営メディアでは自軍の首脳の動向に関し、実は南ベトナム領内に潜入している人民軍司令官がハノイにいるという意図的なフェイクニュースまで流していた。池上氏はもちろん北側の「報道の自由」には触れない。
池上彰氏のこの記事にはこれほどの欠陥やミスが存在するのである。
トップ画像:南シナ海を漂流するボートピープル 1987年5月
出典: 国連UNHCR協会
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