日本経済衰退と国際情勢緊迫 平成時代の世界3
Japan In-depth / 2019年4月29日 18時0分
この時期は昭和50年代だった。1979年(昭和54年)には私はハーバード大学教授のエズラ・ボーゲル氏が書いた『ジャパン・アズ・ナンバーワン』という本の出版を毎日新聞紙上でニュース記事として報道した。その書はタイトル通り、日本経済の急成長と将来の日本による世界の経済制覇の展望までを詳述していた。
▲写真 エズラ・ヴォーゲル氏 出典:Wikimedia Commons; 用心阁
事実、日本は高度技術と付加価値の高い工業製品で世界を席巻していった。1980年代はアメリカでは自動車や電氣製品、鉄鋼、半導体など日本の優れた製品が洪水のように輸入され、アメリカ国民の人気を博し、米側の競合企業が圧倒されていった。
アメリカの不況は日本のせいだとされ、議会や大統領の選挙でも「日本の略奪的な貿易攻勢」が非難を浴びた。日本は世界経済全体をも牽引し、搾取をもしかねない傲慢な経済超大国としても畏怖された。
日本の経済は資産価格の上昇と好景気で更に加熱していった。後にバブル景気と呼ばれた超好況だった。アメリカなどの海外諸国では日本と言えば、経済面での国際競争で他の諸国を破り続ける無敵の王者のように認識された。1986(昭和61)年から1991(平成3)年頃までのことだった。
そしてその後はバブル景気の崩壊だった。異常な高騰を見せた地価が衝撃的に下落して、土地を担保にした融資が崩れていった。大多数の企業が事業収益を記録的に低下させていった。金融機関は巨額の不良債権を抱えて、経営を悪化させた。
やがて日本全体がバブル経済の花盛りの頃とは打って変わった勢いのない、控え目な、内向きの国へと変わっていった。「失われた20年」とも評された低成長の時代だった。
この日本経済の劇的な上昇と下降は日本国民の精神や心理にも明らかにいつも沈みがちな抑制効果を植え付けていった。経済の激変は政治にも影響した。政界をからめての一連の大型汚職事件、与党の分裂から停滞、1955年体制の崩壊などが連鎖のように続いていった。
平成の世の30年間に起きた国際的な大変化は、当然ながら、何も以上の3件だけには限らない。
中国やロシアが単に世界的な膨張に留まらず、戦後のアメリカ主導の国際秩序を崩そうと挑んできたことも重大である。だからアメリカには「いまや東西冷戦が終わった後のややゆったりした『冷戦後時代』は終わった」とする指摘がある。
朝鮮半島での安全保障上の危機を孕んだ大変動も重視せざるを得ない。北朝鮮の核兵器と長距離ミサイルの開発が東アジア全体の平和と安定を脅かす。日本国民を残酷に拉致したままの北朝鮮という無法国家がいまやしきりに別の顔を見せるようになった。
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