ディオバン事件から学ぶもの
Japan In-depth / 2019年5月26日 11時0分
同社が保有する降圧剤はテルミサルタン(商品名ミカルディス)だ。バルサルタンと同じくアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)に分類される薬剤だ。日本べーリンガーインゲルハイム社が製造し、アステラス製薬が販売し、両社で共同販促している。
青野氏が移籍後、ミカルディスの売上は右肩上がりを続けてきた。2010年に約1000億円だった売上は、2015年には1684億円に達する。ミカルディスは2017年に特許が切れて、ジェネリックが発売されるが、それまでドル箱として同社の経営を支えた。ちなみに、その間、ノ社のディオバンの売上は右肩下がりだ。
ディオバン事件の医学的な教訓は、ARBと言う新規降圧薬の効果は、カルシウム拮抗剤という古くて安い降圧剤と変わらないということだった。ところが、多くの臨床医はディオバンの処方は止めたものの、カルシウム拮抗剤やACE阻害剤(ARBと似た古い薬)などのジェネリックには切り替えず、新薬であるミカルディスを処方したことになる。これは純粋に医学的な理由だけでは説明できない。製薬企業の販促が医師の処方に影響したと考えるのが妥当だ。
もっとも、この件について製薬企業や医師がやっていることは違法ではない。製薬企業が医師に講演を依頼し、謝金を支払うのは合法的な営業活動だ。年間に1000万円以上のカネを製薬企業から受け取っている教授たちも、彼らは大学と裁量労働契約を結んでいるので、年間に本俸と同額までしか兼業を認めないなどの医学部などの部局の内規には抵触するものの、大学との契約上はなんら問題はない。
ただ、これは製薬企業と医師の内輪の理屈だ。これでは国民から信頼されない。規制で守られ、税金や保険料で食っている製薬企業や大学教授たちのとるべき態度ではない。
どうすればいいのだろうか。製薬協や大学・学会に多くは期待できない。だからといって、政府による規制強化には賛同できない。大学における学問の自由は先人たちが築き上げてきた財産だ。大学教授たちの振る舞いを縛ることは、学問の国家統制に繋がりかねない。
我々がやるべきことは、情報公開を進め、公で議論することだろう。澤野医師たちの仕事は、その萌芽だ。そのためには、多くの関係者の協力が必要だ。今回の場合、製薬協が情報開示を進め、ワセダクロニクルと我々でデータベースを作成した。そして、それを澤野医師たちが解析し、その結果を米国医師会が掲載した。
これはオープンなやり方だ。澤野医師たちの主張に賛成できない医師や研究者は米国医師会に反論を送ればいい。編集部が意義があると判断すれば誌面やサイトに掲載し、反論を多くの読者が読むことができる。さらに議論が拡がる。こうやって議論を積み重ねれば、やがてコンセンサスが形成される。このような透明なプロセスを経ることは、社会の信頼感を勝ち得る上でも有用だ。製薬企業と医師の関係については、地道に公の場で議論を積み重ねていくしかない。
トップ写真:マネーデーターベース「製薬会社と医師」出典:ワセダクロニクル
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