中国共産党幹部著書「平安経」批判の訳
Japan In-depth / 2020年8月5日 22時57分
写真)全国人民代表大会 出典)VOA
反宗教の党是に反する
しかし、『平安経』の核心的な問題は、地方幹部の私腹肥やしや、党の政治方針との不整合ではない。中国共産党の幹部である賀氏が意識していたのか否かはわからないが、『平安経』は疑似宗教経典であり、中国共産党の存在意義そのものに対する挑戦となりかねない作品だと思われるからだ。
問題となった『平安経』は、その名前からして仏教の摩訶般若波羅蜜多心経(般若心経)や妙法蓮華経(法華経)などを想起させる。そして、中国共産党にとっての「核心」である習近平国家主席の教えに従って国家建設に引き続き邁進するような積極性を説くのではなく、ただひたすら「〇〇に平安あれ」と祈る受動的で、魂の平安を追求する、唯物的ではないナラティブであるからだ。
なぜ、そのように平和的なお経が問題となるのか。一言でいえば、宗教は中国共産党にとっての死活的な安全保障問題だからである。
ソ連の初代最高指導者のウラジミール・レーニンは「宗教は民衆の阿片である」と看破したが、これは人民の福祉や利益を想って出た言葉ではない。宗教は、共産党の絶対的な権力と存在意義を脅かしかねないからこそ、害悪なのである。
同じように、漢人支配地域である「中華人民共和国」においては、中国共産党の他に道徳的・社会的権威は認められないのであり、それがイスラム教であれキリスト教であれ仏教であれ法輪功であれ、人民の絶対的な忠誠の対象が共産党以外に存在してはならないのだ。
だからこそ、毎日のニュースで報じられる通り、中国共産党は東トルキスタン(「新彊ウイグル自治区」)においてイスラム教徒を厳しく迫害し、欧米の自由主義思想と親和性が高いキリスト教の信者や、チベットの仏教徒、法輪功信者など、あらゆる宗教の信者に対する取り締まりを強化しているのである。
こうした環境下、少しでも宗教との類似性がある思想が危険視されるのは当然の帰結であった。
『平安経』は隠れ宗教か
中国共産党にとって宗教が安保問題であるという事実は、豊臣秀吉や徳川家康のキリシタン政策を思い起こすと理解しやすい。特にキリスト教で顕著なのだが、宗教には権力よりも上の存在である神仏を認め、権力に抵抗する思想につながる素地がある。そうした信者たちが、スペインやポルトガルなど外国勢力と結んで権力に挑戦するならば、なおさらだ。
キリシタン奪国論に見られるように、為政者は庶民や大名がキリスト教を通して抵抗することを恐れ、弾圧を行ったのである。戦国時代の日本各地における一向一揆や宗教的な反乱は、大きな脅威であると同時に、日本の国防を揺るがす安保問題でもあった。
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