労働党大会で陥落した金与正

Japan In-depth / 2021年1月19日 19時14分

労働党大会で陥落した金与正




朴斗鎮(コリア国際研究所所長)





【まとめ】





・経済破綻と健康不安。核武装強化と総書記就任で求心力強化へ。





・趙甬元が実質2位となり、名実共に北朝鮮の核心的実力者に。





・金与正陥落で後継者説は完全に消えた。「女人天下」は崩壊。









代表者と傍聴者合わせて約7000名を集めて1月5日から開催されていた朝鮮労働党第8回大会が12日閉会し、14日にはまたもや軍事パレードを行った。8日間の開催は1970年の5回大会以来50年ぶりのことだ。期間が長引いたのは、金正恩の健康状態と関係があったようだ。





1、北朝鮮過去5年間の成果も今後の重点方向も核武装強化





金正恩委員長報告の中身は予想通り貧弱だった。「国家経済発展5カ年戦略」での具体的成果はほとん示されず、人民第一主義の実践と自力更生による自立的民族経済の土台構築が最大の成果として報告された。北朝鮮は金王朝3代にわたって土台づくりを叫んできたが、これからの5年間もまた土台作りに励むとしている。





だが、新型コロナウイルスが未だに猛威を奮い、世界経済の展望すら不透明な状況で、新たな「国家経済発展5カ年計画」もどうなるかわからない。そうしたことから数字は示されずに、願望を込めた課題だけが決定書に羅列された。





しかし、それでは恥をかくだけの大会となるので、これまで作り上げてきた核ミサイルと今後の核武力強化計画を詳細かつ具体的に報告した。





大型大陸間核弾頭ミサイルや核の小型化による多弾頭化、敵の防御をくぐり抜ける偏心軌道の短距離ミサイルや大型ロケット砲、対装甲兵器、新型戦車などについて事細かに語られ、また近い将来には、原子力潜水艦や潜水艦発射型核弾道ミサイル、それに超極音速ミサイルだけでなく500Km先まで偵察できる無人偵察機まで作ると大風呂敷を広げた。





これで米国の新政権を脅し、韓国だけでなく日本をも服従させるというのだ。これが党大会での金正恩報告の中身だった。





2、大会開催の主目的は、求心力をたかめる金正恩の総書記就任





事業報告の貧弱な内容を見てもわかるように、今回の党大会は、過去5カ年の経済建設を総括することが主目的ではなかった。経済破綻と金正恩の健康不安が長期化する中で、いかにして求心力を回復し、局面打開を図るかが最大の目的だった。





そのために党規約の改正を行い、7回大会以降の政務局制を再び従来の書記局制に戻し、金正恩は総書記に就任した。権力を集中させるには書記局制のほうが適しているからだ。金正恩は、父親の金正日に捧げた「永遠の総書記」の肩書までも反故にして、総書記に就任した。体制崩壊を食い止めるためには、背に腹は変えられないと思ったのだろう。





この規約改正では、権力の一層の集中を図る一方で、金正恩の健康不安を考慮して、負担軽減を図る項目が盛り込まれた。例えば金正恩総書記の司会権を政治局常務委員に委任できるようにしたことだ。この点について規約では「党首班の革命領導をさらに円滑に補佐し、党の事業と党活動をより素早く進めていくための現実的な要求を具現したもの」と説明している。





党の最高指導機関である政治局の名称はそのままで、政治局委員は19名、候補委員は2名増えた11名の計30名となった。政務局から変更となった執行機関の書記局は書記が8人に絞り込まれた。





3、人事でのサプライズは、趙甬元の垂直上昇と金与正の陥落





今回選ばれた政治局委員と書記局委員で最大のサプライズは、組織指導部第1副部長趙甬元(チョウ・ヨンウォン)の垂直上昇と、それに反比例した金与正の陥落だ。





金正恩の最側近として寵愛を受けてきた趙甬元は、党7回大会で党中央委員となったばかりの1957年生れの人物である。金日成総合大学を卒業したエリートだが、脱北した彼の同級生の話では、政治経済学部出身ではなく物理学部出身とのことだ。そうしたことからITにも詳しいらしい。





▲写真 政治局常務委員に選出された趙甬元氏 出典:Wikimedia Commons; rodong



彼は今回の第8期第1回中央委員会総会で、2段階飛び越えて政治局常務委員に選出された。序列でも人民軍元帥の李ビョンチョルを飛び越えて崔リョンヘの次の第3位となった。しかし崔リョンヘは最高人民会議常任委員長という名誉職なので、実質2位ということになる。





そして党中央委員会書記と党中央軍事委員会の委員にも任命された。名実共に北朝鮮の核心的実力者となったのである。今後金正恩の第一番頭として党全般を差配するだろう。このポジションは、金与正が求めていたものだが、金正恩は渡さなかった。これで一部の専門家が騒ぎ立てていた金与正後継者説は完全に消えた。





4、8回党大会で「女人天下」は崩壊





金正恩総書記の健康悪化に伴い、一時、金正恩夫人の李雪珠、妹で組織指導部第1副部長の金与正、元カノで宣伝扇動部第1副部長の玄松月、そして外務省第1次官の崔善姫などの女性が、表舞台で活躍し、「女人天下」とまで騒がれていたが、8回大会の人事でそれは崩れた。





▲写真 左から金与正、玄松月、李雪珠、崔善姫。 出典:いずれもWikimedia Commons; 金与正、玄松月(韓国大統領府)、李雪珠(同左)、崔善姫(米国務省)



李雪珠は、すでに昨年1月から全く姿を見せなくなっているが、特に今回目立ったのが、金与正党第1副部長に対する処遇だった。昨年4月に金正恩の健康異常説が台頭したころには、対韓国、対米外交の前面に出るなど、国政全般に介入する姿を見せてきただけに、今大会での降格は本人にとっても大きなショックだったと思われる。





▲写真 板門店を訪れ、故金大中元大統領の李姫鎬(イ・ヒホ)夫人への金正恩氏の弔辞を韓国側に伝達する金与正氏(2019年6月12日) 出典:Photo by South Korean Ministry of Unification via Getty Images



この背景としては、金与正に対する主要幹部たちの不満と、ロイヤルフアミリーである金与正を、番頭に据えた時に起こりうる権力の亀裂に金正恩が危惧を抱いたことが考えられる。





一時、金与正が今回の党大会で昇進し、いくつかの権限を金正恩から委譲されるという観測が、しきりに韓国の国家情報院から流された。そして「委任統治」を行っているとまで主張した。





昨年8月には、国家情報院院長の朴智元が国会情報委員会でそうした発言を行い、大騒動となった。その用語自体も間違っていたが、判断も大きく間違っていた。北朝鮮の首領独裁を支える「党の唯一的領導体系確立の10大原則」の何たるかがわかっていたならこういう間違は起こさなかっただろう。





これが災いしてか、また任せられた対米、対韓国外交の失敗の故(ゆえ)かはわからないが、金与正は、今大会で政治局候補委員からも党第一副部長からも陥落し、平の副部長となった。ただ中央委員の上位にはとどまっているようだ。





1月13日には、韓国国防部の軍事パレード報道に噛みつき、「特等バカ」と口汚く罵る談話を発表していたので、遠からずカムバックがあるかも知れない。





金与正だけでなく、彼女が率いていた対韓国対米外交ラインも降格となった。党副委員長だった金英哲は、書記に横滑りできずに、統一戦線部の部長に降格された。ハノイ米朝首脳会談では、金正恩のスポークスマン役を果たしていた崔善姫外務第1次官も中央委員から候補委員に降格された。





執事役の金チャンソンを押しのけ、金正恩の行事を取り仕切っていた玄松月も、最近金正恩の近くで姿を見せていない。しかし彼女も中央委員序列30位を維持しているので、今後また登場するかも知れない。





トップ写真:総書記に就任した金正恩氏と平の副部長に降格となった妹の金与正氏(2018年4月27日 板門店での南北首脳会談で) 出典:Photo by Korea Summit Press Pool/Getty Images




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